``一意な文字列''

雑多な事柄

読んだり観たりしたもの (2024-07)

読んだもの

戦場の性 独ソ戦下のドイツ兵と女性たち
今年の春先に精神的に参っていた時期があってその時に書評を読み、これは確実に最悪な気分になる本なので読もうと思って積んでいた。
最悪な気分にはなった。絶望感が溢れる方向の最悪な気分だ。
独ソ戦の民間人の被害(とりわけ女の被害)を赤軍由来のものしか普段意識していなかったことに気付いた。双方ともにかなりのものがあるというのは知識としては知っていたのだが。どっちもやることはやっていて、滅茶苦茶で、最悪だ。そしてそういう滅茶苦茶や最悪をそう言うだけで片付けてはならず、何が起きていたのか、どうして起きたのか、そういったことを明らかにしておくことが再び滅茶苦茶や最悪の絶望に至る可能性を減らすことに繋がる。そのための仕事のひとつとしての著述であり研究だ、そう思った。

ブラッド・メリディアン あるいは西部の夕陽の赤 (ハヤカワepi文庫)
パッサパサに乾燥している。何を言っているのか解らん間に人間が大量に殺されてゆく。そして殺した人間をバラバラに解体し、そいつを資材にする、着飾る。そして悪臭にまみれる。そんなことを続けながら延々と荒野を進んでゆく。
何を読んでいるのか解らなくなったが、これは『白鯨』でいう海が大陸で鯨が人間存在なのだみたいな解説があり、ああこれは白鯨なんだとなり、ようやく落ち着いた。解ったとは言わない。だって白鯨だってよくわかんねえまま圧倒されて終わっちまったもの。

QJKJQ (講談社文庫)
軽い気持ちで読み始めたら一日中読み耽って一気に読了してしまった。面白かったのだが、どうにも印象に残らない。世界観の背景についての理屈をしっかり肉付けした狂気太郎(『不安』あたりの頃の作風の時期を思い浮かべている)っぽいというのがしっくりくる読後感だった。『テスカトリポカ』のようにこれどうなっちゃうのと不安になるまで大風呂敷を広げるようになるのはここでは無かった。これも読み易い印象の補助になったと思う。

Ank : a mirroring ape (講談社文庫)
かなり好き。洛中が壊滅するあたり書いてて絶対に楽しかっただろうな。読んでいる側はニコニコしながら読んだ。人間とそれ以外を分かつのは恐怖への対抗と再現性の担保と自己と虚像との間にあるものへの客観性の獲得とがあるというのが骨格にあるみたいな感じだったと思うが、それ以上に人間が人間性を喪失して無尽蔵な暴力を手にした存在になり無茶苦茶をやる、そしてその暴力が洗練されてゆき、これが進歩だとというのは、こう、ええっと、やっぱり、楽しいですね……。

ムーン・パレス(新潮文庫)
出会いと別れ、金満と窮乏、これらがグルグル廻ってゆく。よい読後感だった。それにしてもアメリカってのはデカいな。アメリカの物語はアメリカ大陸のデカさに立脚しているな。『ブラッド・メリディアン』を読んでいても思った。

忘れられた日本史の現場を歩く
土地にそれなりの規模の人間が住み、暮らし、戦い、死に、去る、そうすれば記録が残り、それが歴史になる、そういった基本的なことに気付かされた。

観たもの

七人の侍
Amazon の Prime Video で観た。音が悪すぎた。登場人物が何を喋っているのか一切判らなかった。いつか 4K リマスター版を観てリベンジしたい。大群に圧倒されすり潰されながら最善を尽くしてなんとかしてゆくみたいな物語を期待して観たが、そういうのではなかったと思う。

蜘蛛巣城
これまで生きてきて芝居や演劇を観に行ったことが無いのだが、きっと観劇というのはこういった感覚なのだろうなと思った。映画というより舞台芸術という感じだった。妻が狂乱して手を洗いまくるシーン(思っていたより大人しい感じだった。狂乱に絶叫は必ずしも付属しないというのに気付くのは観た後だった)と主人公が滅多矢鱈に矢が射られまくってハリネズミになる(これもそんなではなくトドメの一発が決まるまではジワリジワリ傷付けられるだけな感じ)ラストシーンが観たかったので満足。しかしこれも Amazon の Prime Video で観たのだが音声が荒い。三船敏郎が何を言っているのか全く判らん。しかしそれを補うのには充分なほどの異様な眼光だった。異様な眼光の登場人物がいる映画は大体好きだ。