``一意な文字列''

雑多な事柄

読んだり観たりしたもの (2023-11)

読んだもの

未来からのホットライン (創元SF文庫)
過去へメッセージを送るための理屈とその結果が物語のミソで、他のナラティブなところは物語を物語とするためのウワモノでしかないような気がした。
しかし娑婆で起きた問題は「ホットライン」の成果によって無かったことになる一方ナラティブな中の個人の物語はその根っこのところが変化しないという位置付けで、ほろりとさせられた。
こういうのが好きなのは弱さのひとつな感じがしていて、あまり良い気分にならない。なぜならこの後に『プラットフォーム』に関する話をつい続けそうになるからだ。

神の子どもたちはみな踊る(新潮文庫)
『かえるくん、東京を救う』をいつか読みたいとずっと思っていて、とうとう読んだ。かなり良かった。
全体的に喪失(しつつある、した、しなかった)についての物語集だった。近畿が滅茶苦茶になった震災のあとでこうまで個人的な類の喪失を描けるとは。今まで読んできた村上春樹の本の中で一番好きかもしれない。

情事の終り (新潮文庫)
『東京タワー』つながり。ベンドリクスの一人称から手紙文の形態に変わるあたりの描写を完全に泥酔していた時期に読んでしまったせいで憎しみ合いらしきものが愛し合いとすれ違いだったとわかる肝心の時期がスッパリと抜け落ちてしまい、文脈がよくわからなくなってしまった。読み手の問題である。
羨望と理不尽と偶然(奇跡と書くのはこの物語としては駄目だろう)とが神性に代理されていて、神性に対する嘆き、怒り、呆れ、嫌悪、ひととおりの対「人」コミュニケーションをとってみた、そんな感じに読んだ。

神様のボート (新潮文庫)

わたしに江國香織を教えてくれた友人がこの人の物語では人死にはあんまり無いみたいなことを言っていたのだが、これは自殺エンドになるんじゃないかと読んでて終始ヒヤヒヤした。結局そうではなさそうなのでよかった。
夢のような現実があり、その現実とは違った現実を歩み出してゆく人もいれば、夢のような現実に取り残されてしまう人もある。夢のような現実にずっと居れたらよいのにな。それは安吾の語法でいう淪落だが、淪落に居たいときもある。

スマートモビリティ時代の地域とクルマ: 社会工学アプローチによる課題解決
どこかの会社の技術ブログか何かで都道府県のヘソみたいな位置にある街を導出するといった記事(詳細忘れたので全部曖昧だ)があり、これはおもしろい話題だなあと読んだところでこの本の宣伝になれば云々とあったので読んだ。予想に反して論文集のような感じだったが面白かった。

観たもの

マッシュ [Blu-ray]
有能な厄介者たちの青春劇といった感じか。朝鮮戦争を舞台にする必然性は無いなと思った。肝心の "fuck" がどこで出て来たのかはわたしの英語の能力では判らずじまいだった。

movies.kadokawa.co.jp
映画館で観てきた。人間の生命の価値がどうしようもなく低い世界で特定の人々の生き様や死に様を描くのに北野武は特化しているのだろうなと思った。そういった描写はピカイチだが他の箇所では首を捻らざるを得ず、この映画は後者のほうが多かったせいで、正直微妙な映画だった。

読んだもの (2023-10)

ブラッドランド 上 ――ヒトラーとスターリン 大虐殺の真実 (ちくま学芸文庫 ス-29-1)
ブラッドランド 下 ――ヒトラーとスターリン 大虐殺の真実 (ちくま学芸文庫 ス-29-2)
ずいぶん前に本屋でハードカバーのものを見、いつか読みたいなと思っていたもの。文庫になったことに気付いたので読んだ。当然のように凄惨な気分になる本である。システマチックに人間を大量死させるパイオニアボリシェヴィキだった点とそれを踏襲したナチスのやりかたはかなりアドホックだったというのは学びだった。前者は薄ら知っていたが、相当に体系的なやりかたをしていたというのは今回はじめて知った。知って何が嬉しいかと言われると非常に微妙なのだが。

2020年代の想像力 文化時評アーカイブス2021-2023 (ハヤカワ新書)
面白かった。仮面ライダー関連で突然早口オタクみたいな語りになるので笑ってしまい、文章の端々で劇パト2の引用がなされるために再び笑ってしまった。終始笑いながら読んでいた。面白い文章はよい逃避になり、人生を豊かにする。

【電子特別版】スタジオジブリ物語 (集英社新書)
リンク的には電子版なのだが紙の本で読んだ。ジブリ宮崎駿高畑勲だと思っていたのだが、結構色々な人々がジブリ作品の監督をやっていたのだということを初めて知った。その程度のジブリに関しての知識しかなかったのだ。宮崎 / 高畑周辺の内容はそこまで目新しいものは無かったが、紅の豚がユーゴ紛争(を宮崎駿が深刻に捉えた為)の影響で混迷しかけたというのは知らなかった。

東京タワー (新潮文庫)
清潔と軽薄とによる恋の対比。こういう物語は人死にが出るという先入観があるのだが、誰も死ななかったので、そういう世界観もあるよね、という気持ちになった。ラストが『ゴリオ爺さん』のような感じ(状況ではなく台詞がそんな感じがした)の不穏な兆しを感じる終わり方で、なんともいえない味わいがあった。

遅いインターネット (幻冬舎文庫)
文庫化待ってました。ありがとうございます。疫病の章までは面白かった。疫病の章は混沌の厳然にうろたえ、素直な事を述べており、この意味で他の章とは異なり「普通」の章だった。他の章はどうかというとこれは『なめらかな社会とその敵』が思想的な背景にありそうだと感じた(参考文献にこれが有るかは確認していない)。

読んだり観たりしたもの (2023-09)

あまり新しい本を読めなかった一ヶ月だった。事ある毎に泥酔していた為だと思う。泥酔している時は馴染みの本ばかりを読んでしまう。泥酔しているというのは正常な状況ではないので、状況との均衡をとるために馴染みの本を手に取ってしまうのだろう。

読んだもの

ガダラの豚 I (集英社文庫) ガダラの豚 II (集英社文庫) ガダラの豚 III (集英社文庫)

面白かった。一気読みした。緩急のうまさが読み易さとおもしろさに繋がっているのだと思う。この人はどうしても関西の言葉を登場人物に喋らせたいのだな。一巻目まではドラマの『トリック』を見ているような気分になっていたが、その後そのような雰囲気が薄くなり、不気味で恐しいものとの戦闘になっていった。作中の進行と同様に妙な暗示を掛けられているようで怖かった。ドタバタ劇で終わるのかと思っていたら集団ヒステリに陥り全てが自分達を殺しにやってくるといった境遇からの脱出みたいな凄まじいものになり、ユーモアがありつつも陰惨だった。アル中描写がまだカリカチュアなのは氏がまだ酒を飲めていた頃だったからかなと思ったが、刊行年を見たら『今夜、すべてのバーで』より後だったので、リハビリか憧憬といった感じだったのかもしれない。

観たもの

ナチュラル・ボーン・キラーズ ディレクターズカット (字幕版)

ずっと観たかったやつをやっと観た。終盤の暴動のシーンはかなりよかった。イデオローグに踊らされて狂気に陥る人々とそんな人々によってイデオローグにされる殺人者、ぜんぶを茶化すメディア、といった感じか。グロテスクな映画だった。登場人物がほとんど皆エキセントリックな感じなので観てて疲れる映画でもあった。公権力側がみんな発狂気味なのは監督の趣味かもしれない。刑務所長はかなり好きなタイプだ。

読んだもの (2023-08)

書いててハーモニーに言及しすぎだと思った。原風景が透けて見えるね。

われら (岩波文庫)
読んでいる端から目が滑っていってしまった。酒飲みすぎてとうとう頭がおかしくなったのかと思った。要素要素で『ハーモニー』の技術的な元ネタのようなものが出て来、伊藤計劃は勤勉だなあと思った。『素晴しき新世界』と比較されることが多いらしいが、読んだの相当前なのでもうあまり記憶がない。封じ込めていた野蛮が正常な世界に滲出してくるみたいなのは確かにそうかも。

花ざかりの森・憂国 (新潮文庫)
憂国』が読みたくてずっと狙っていた。買った。読んだ。かなりよかった。あとは卵に裁かれかける不良大学生達のファルスが好き。作品名忘れた。

きらきらひかる (新潮文庫)
友人に薦められて (1/3)。傷のある者たちのいたわりあいの物語だと思った。いたわりが丁寧すぎると攻撃されているように思えるのはよくわかる。真綿でも首は締まるのだ。

正欲(新潮文庫)
友人に薦められて (2/3)。現代社会のスナップショットのようだった序盤を読んで読むの止めようかと思った(わたしは読書を逃避の手段だとおもっているので逃避先に逃避したい内容があるのが非常に苦痛なのだ)が、『ハーモニー』みたいになってきた中盤くらいからのめり込んでしまい、終盤で突き落とされて呆然とした。
わたしは「正欲」(これフロイトの用語なのね)の議論に加わることを望まない。ゆえに何も言わない。逃避というのは現実的な解だと固く信じているが、何も解決しないこともわかっている。確定したものなどなく、浮動し、妥協の成すものにしておくのがよい。しかしこの本でマジョリティとされる側にわたしはおり、その時点で「正欲」の議論に巻き込まれているとも思う。ダラダラ書いてしまっていてよくない。考え続けることを要求される物語だと思った。

彼女は頭が悪いから (文春文庫)
友人に薦められて (3/3)。安吾に狂って「涅槃大学校」、ではないか、印度哲学科じゃないし、ともかく安吾と同じ大学に進んだ学生のシーンでひととおり笑った。これがこの物語の唯一の愉快なところで、あとはもう胸糞悪い物語で胃もたれした。何が胸糞悪いかというと読み手の(アレント的価値観でいう)アイヒマン性をほじくってくるからだ。身が引き締まる思いをした。
なお安吾安吾たらしめたのは矢田津世子と戦争であって大学ではないんじゃないかと思ったが、とうの学生はプラグマティックな動機で進路を決定したので、安吾の読者だなあと思った。妙な感想になってしまった。

読んだり観たりしたもの (2023-07)

読んだもの

青い脂 (河出文庫)
今年の訳解らん枠。読めば読むほど何がなんなのかわからなくなった。これまでの訳解らん枠はピンチョンが筆頭だったのだけどこの本のためにソローキンがトップに出てしまい、世界は広く、わたしはまだまだ何も知らない。「青い脂」というのは読後の所感の事なのかねと思ったけど結局何がなんだかやっぱり解らなかった。

侍女の物語
たしか飲み友達と痛飲した翌朝の帰路の電車の中で突然マッドマックスの話からディストピアの話になり、三大ディストピアのひとつとしてこれがあるんだと紹介された(のこりはオーウェル『一九八四年』とザミャーチン『われら』で、最後のやつは積読の中にある)ので読んだ、というやつだったと思う。
後世から物語の時代を議論する付録があるところを含めて『一九八四年』っぽいのは後発なのを考えればある程度仕方無いのかなと思った。野郎(しかも権力のある野郎だ)の無邪気さんに比べ侍女の無力さはすさまじく、希望も刺激も何もない。そんな
世界で生きてゆけるようには人間は出来ていない。なので地獄に通じているかも知れない選択をするし、わずかな情報や変化にすがる。ここまで書いてこの本を理解できているか不安になった。ウエルベック服従』の女性視点ではないかともちょっと思ったのだが、これは服従の背景を表面しか知らないが為の観点なのであまり適切な感想ではないかもしれない。選択肢は多いに越したことはないと思った。

滅ぼす 下
滅ぼす 上
邦訳待ってました。ありがとうございます。文庫が出るのを待つとかそんなこと全く考えずに買った。
申し訳程度のサスペンスに揺られる世界、いっぽうで死と神(これが「滅ぼす」の主語だと思った)に包み込まれた主人公とその家族の物語で、『セロトニン』を複数人対象にして同時進行したような感じだと思った。今回の主人公は世界に別に絶望しておらず、これまでのウエルベックでよくあった絶望の究極として死に至るというのが今回は無く、まったく普通に病気や事故(
というには悲劇的な感もあるが、病理的な扱いにされているのが目立つ)で死んでゆく。もしかしてウエルベックは健康に問題を抱えはじめているのではとちょっと心配になった。世界への攻撃よりも個人の破滅に重きが置かれ、世界の破滅の話は尻切れトンボになり、個人の破滅が痛みを重ねて描かれ続ける。いままでずっと『セロトニン』がある種の区切りだったと思っていたが、これを読んだ結果そうではないなとわかった。たぶん『服従』が区切りになっているのだと思う。

観たもの

シン・仮面ライダー
殺陣があまりにあんまりで笑ってしまった。キル・ビルを観ている時と同じ笑いが出てしまった。

www.ghibli.jp
Amazon で引っ掛かるのは全く小説のほうのみだった。本当に情報が出てないんだな。劇場で観てきた。
宮崎駿の思い出集大成だと思った。風立ちぬ以降氏はずっと自分に課してきた少年少女向けの物語という方針を捨ててしまったのだろうか。もっと前から(もののけ姫あたりから?)怪しいか。冒頭の火災(観ていたときは空襲かと思ったが本土空襲が始まる前の時期なのとサイレンや鐘の打ち方が空襲警報のそれではないので火災だと思う。後者のソースは『東京都戦災誌』)の描写から主人公ひいては宮崎少年は火にトラウマがあるのではと思った。霊魂みたいなやつが転生するときに巨大な魚みたいなやつの臓腑を食う必要があるというのは何かモチーフがありそうだ。素晴らしき新世界を拒絶して今ある世界を肯定して生きるというのはナウシカ、しかも漫画版のほうのナウシカのラストと同じで、三十年以上のものあいだずっと世界を肯定したかった、しかも絶望しつつも肯定したかったのかもしれないと思い、なんだかほろりとしてしまった。同じテーマを色々な物語で描き続けているということはしかし肯定しきれていないということで、ここまでは出来たがここから先は……という、そこに到達できるかどうか。
安吾や由紀夫などの戦争に強姦(あえてどぎつく書きます)された人間は戦争以上にメチャメチャなものを描けないように思っていて、もしかしたら宮崎駿もここに入ってしまうのかもしれない。こう描くのは非常につらいのだが……と、モデルグラフィックス誌上の氏の漫画風の感想を抱いた。

読んだもの (2023-06)

中核VS革マル(上) (講談社文庫)
中核VS革マル(下) (講談社文庫)
新左翼版の仁義なき戦いという感じだった。ただし仁義なき戦いでいえば頂上作戦のころで終わっている。結末がどうなったのか気になるところ。両派とも今もなお存続しているので結末は到来していないのかもしれない。

そして誰もいなくなった (クリスティー文庫)
実際に読んだやつとは表紙のデザインが違う。早川の文庫なのでたぶんこれと同じだと思うが。人死にが始まってからどうにも皆さん記号的に動きすぎやしてませんかねという気持ちになってしまった。オチを事前に知ってから読んでいるので読み方に問題がある可能性は大いにある。

アクロイド殺し (クリスティー文庫)
これもなんだか皆さん記号的に……という印象を抱いてしまった。ホロー荘ではそんなこと感じなかったのに……。手記の締め方は好きだった。上品なオバサンのウザったさみたいなのをネチネチ書いているのはホロー荘でもあってこういうの著者は好きなのかねえみたいなのは思ったが、この印象はウエルベックの完全な影響下にあり、こういう経路の感想がおれはあまりに多いわい。

読んだもの (2023-05)

にごりえ・たけくらべ (新潮文庫)
しょっぱい境遇を強いられる人々のしょっぱい生活の数々という感じだった。『東京の下層社会』を先行して読んだせいでそっちの認識に引き摺られてしまった。出てくる土地柄の背景が先行資料で把握できていたのはよかったかもしれない。

読書について 他二篇 (岩波文庫)
これ安吾のエッセーで読んだな、といった記述がけっこうあり、驚いた。安吾も印度哲学出身なので思想が似るのかしらん。

さかしま (河出文庫)
服従』由来。よくもまあこんなミッチリとした城壁を築いて引き篭れたもんだと思った。しかし城壁は案外アッサリ陥落してしまった。注釈の数が本文の頁数と同じくらいにあるのは勘弁してほしかった。無かったらそれはそれで訳分からんことになるのだが。