``一意な文字列''

雑多な事柄

読んだもの (2026-02)

酩酊の果てに宿酔で休日を一生寝込んで過ごしたりしていた一ヶ月でロクに本を読めていない。宿酔の時に本を読むことができればよいのにと思うくらいにずっと横臥していた。

すべての月、すべての年 ――ルシア・ベルリン作品集 (講談社文庫 へ 11-2)

クルマのパーキングブレーキを掛けるのを忘れて地元のアル中の溜まり場のクルマに追突させるエピソードが好き。

読んだり観たりしたもの (2026-01)

読んだもの

モーセと一神教 (光文社古典新訳文庫)

背景知識が無いと解った気分にしかならないやつ。しかし罪を認めて償った人間が罪を自己同一化して有り続ける人間を殴り続けるみたいなのは示唆的だ。罪の外部化と内部化とでも言いたくなる。外部化できると冒した罪は究極的には犯した人間から切り離される。内部化すると犯した人間と罪とは同化する。罪と共に生きるほうが内省的というか思索的になりそうだが、それが意味のある内省や思索なのかはどうなのだろう。

ユーチューバー (幻冬舎文庫 む 1-39)

珍妙な題名だがちゃんと村上龍だった。しかし先生どうしてここ最近『すべての男は消耗品である』の蒸し返しみたいなことしか書かなくなってしまったのだろう。
小説らしい動機があって物語がそこから一見して発生するのだが、その中身は過去の体験についてなのだ。『MISSING』でも同じような印象だった。『イン ザ・ミソスープ』を私は昔も今も、そして今後もきっと愛読し続けるのだが、その後書き*1で小説は物語の中にある情報が組込まれている云々とある。『MISSING』と本作とが私小説であるとして、私小説もこの小説の枠に含まれるとすれば、物語の中に組込まれている情報とは村上龍だ。怒りから小説を書いていた云々と本文にある表現から考えると、先生もう怒りはなくなってしまったのかな。残滓の振り返りをしている先生を俺は見たくない気がする。

明るい方へ 父・太宰治と母・太田静子/斜陽日記 (ちくま文庫お-79-1)

太宰くんちょっと引用しすぎだよ。情緒的なところがほとんど引用じゃないか。
「人間は恋と革命の為に生れてきた」*2という思想の引用から先生は物語に負け始めてしまい、ギロチンギロチンは先生の戦闘の結果生じた絶叫だったのかもしれないね。『斜陽』を読むときと全く同じ心境で読み、『斜陽』と同じような感動を得た。わたしは『斜陽』が大好きだ。これ以上何かを言う必要もないだろう。
『明るい方へ』のほうは事実ベースの記述ということで、そちらのほうは対照できる資料が手元に無いのでなんとも言えない……。

観たもの

ファーゴ (字幕版)

ああ小さくとも幸せな(身近な事柄に目を向けてその魅力に気付き気付かされるような)生活とはなんと良いものだろう。ミミズがウジャウジャ出てきたシーンだけは背景がよくわからなかった。旦那さんの創作の題材だったんだろうか。営業部長のパパさんは形見が狭すぎ壊れ気味。ポール・バニヤン人形がやたら出てくるのはこの物語がフィクションでしかないという暗示か。

アンダーグラウンド【4Kデジタルリマスター版】 [Blu-ray]

すこし前に『石の花』を読んでその流れをうけたもの。音楽がすごい。それはもうすごい。すごいのだが音楽自体が記憶にのこることはなく、ユーゴ内戦と「天国」のシーンが大変印象的。映画の結末だから印象に残ったのかもしれない。

*1:少なくとも幻冬舎文庫にて収録されるもの

*2:https://www.aozora.gr.jp/cards/000035/files/1565_8559.html から引用

読んだもの (2025-12)

ツァラトゥストラかく語りき (河出文庫)
課題図書。独立した自分の意志を持ちましょう。言うは易し、行うは難し。『斜陽』のイメージソースのひとつだったんだなと読んで初めて解った。

爆発物処理班の遭遇したスピン (講談社文庫)
掲題作もよかったが『九三式』がいちばん好き。解説よろしく読みたかったのはこういうやつだった。文学青年で居られればよかったのに敗戦の泥濘が主人公を黒い霧に包んで殺してしまった。

君のクイズ (朝日文庫)
知的好奇心を満足させる面白さだった。いっぽうで『ゲームの王国』や『地図と拳』を書いた人の作品なのだよなとおもうと寂しさがある。要するに狂気を物語って欲しいみたいなことなのだが、現代日本の眼前にある日常の風景を描く場合には観念的な狂気は場違いなのかもしれない。

読んだもの (2025-11)

科学革命の構造 新版
読み終えるのに半年かかった。パラダイムという便利概念の導入がこの本の功績なのだな。理論や技法の洗練には劇的ないし一朝一夕での変化みたいなものはあまりなく、浸透するように受け入れられてゆく。浸透に至るための「浸透圧」のようなものは新しい理論や技法の「うまくいく」度合いで測られ、観測精度の向上や事実との一致度合いなどがある。科学史を一本の時系列として見ようとしては実質を見落す、といったものか。大分面白かった。

千年の愉楽 (河出文庫)
カンナカムイがどうとかという最期のハナシになってようやく面白く感じた。終わりが見えてきたから面白く思えてきただけかもしれない。読みにくいなあとずっと思っていたのだが、吉本隆明の解説を読んでこれは口伝の物語、つまり声の文化に類する描かれ方ということで、どうりで読み辛いわけだ。江藤淳の解説のほうは引用が激しすぎて先様の文章が本体なのか引用文が本体なのかわからなくなった。江藤淳を読んだことが無いのだがこういうものなのだろうか。古典を古文のまま引用しているので読み手の能力不足で読み取り辛い面はある。

AI法廷の弁護士 (ハヤカワ文庫JA)
アナキズムの話だった気がしなくもない。実写ドラマになったら面白そうだなと思った。法廷をクラックして酒盛りをするシーンは安酒で酒盛りをするのが大変よかった。

読んだもの (2025-10)

紋章学入門 (ちくま学芸文庫)
デキスター / シニスター / チーフ / ベースという概念を得た。紋様それ自体は揺れや種類や系統がすさまじすぎて着いていけなかった。血筋の維持や主張は一大事業なのだなと思った。

回転木馬のデッド・ヒート (講談社文庫)
酒席で泥酔していたら同じく泥酔していた方に勧められて。ガリガリに痩せた夜会服の男がタクシーの後部座席に座っている絵をモチーフにしたやつが一番好き。人生の折り返し地点を自分で決めた話が次点で好き。終わりを直視している話をわたしは気に入りがちといういつもの傾向が出てきただけだった。

中上健次短篇集 (岩波文庫 緑230-1)
これも酒席由来。絶望の時代(解説にあった表現)のものは痛々しすぎて読んでられなかったのだけど、路地に向き合いはじめたあたりのものからは勢いが凄く、グイグイと読まされた。こういうのが好きというのもある。安吾ウエルベックを読んでいる時と同じ脳の部位が動いている感触があった。

ヴァイオリン・ハンドブック 楽器の歴史、構造、取扱方法、メンテナンス、トラブル対処法、付属品、そしてビジネスの世界まで-その全てが分かる
ちょっと毛色が違うが読み物ではあると思うのでここで。バイオリン関係の場所に出向くとほぼ確実に目にする本で、それなら読んでみるかということで。やっぱり勉強になる本だった。弓のあたりの全般的な内容と、バイオリンの各部位の価値(裏板が一番高く評価されるというのは知らなかった。まあ見た目としても一番インパクトがあるしな)のあたりがだいぶ勉強になった。完全完璧なものが遠い昔に出来上がってしまった世界で世代を重ねるというのは大変なのだなとも思った。

読んだり観たりしたやつ (2025-09)

読んだやつ

飲まない生き方 ソバーキュリアス
ソバーキュリアスというものを知ったので。
ここまで自分で自分を大切に扱えるようであれば酒に頼らない生き方は充分に可能だろうよと思ってしまった。自分が自分であることを止したいという気分にならないのかな。消滅願望からくる飲酒というものがあると思うのだ。消滅願望というのは希死念慮とは似ているがもっと淡々としたもので、客観性を得る為のものでもある。しかしまあ飲酒の薬効めいたものをクダ巻き始めた時点で本の内容からはズレているのだ。
町田康『しらふで生きる』を通じて得られるもののほうが私には性に合っている。町田康が素面を狂気と呼び狂気に足を踏み入れてみるか(これも "sober curious" だよな)といって断酒を為し得たみたいなやつを指す。

改訂 雨月物語 現代語訳付き (角川ソフィア文庫)
カネが化けて出てきて裕福とは何かを議論する話と蛇の化け物に愛憎を突き付けられる話とが好き。

カーニハンのUNIX回顧録
面白かった。awk のちゃんとした例をもしかしたら初めて目にしたかもしれない。今迄付け焼き刃で使ってきたことがよくわかる。
UNIX v6 だ PDP-11 だといった話までが特段濃く、それ以降はなんだか薄いような気がした。これがボリュームゾーンだったのだろうか。Plan 9 の話がもっとあると良かった(市場に負けた以外に今ほぼ省みられていない理由は無いのかなと思う)。
カネと時間と余裕とが往時に比べて無いように思われる昨今*1Unix のような文化圏を育む土壌を再現できるのかという考察において結局そういう土壌は個人が最初に芽吹かせるので絶望するなという〆だった。全くそういうものかもしれない。芽吹いた後は集団が育ませることもある。救いのある考察だと思った。

観たやつ

気狂いピエロ [Blu-ray]
こいつをストイックかつシンプルにしていったら『ソナチネ』になりそう。北野武の初期の映画はゴタールの影響がデカいんだろうなということがよくわかった。ただしこの映画の主人公は北野映画のように死にたがりではないので、自殺の直前にうろたえて心外のまま爆死するし、文学を作ろうとする。

太陽を盗んだ男
張り合いのない人生を歩むはずだったアンチャンが張りの有る人生を束の間目にしモノにし、祭が終わったので張り合いのない人生に戻りそうになるところ、それにウンザリしていたので全てを巻き添えに爆心地になった、そんなかんじ。エンターテイメントが生身の力を有していた時代の映画だと思った。現代はもっと細分化され綺麗になったと思う。善悪の判断は知らない。

シュリ デジタルリマスター(字幕/吹替)
もしかしたら以前観たかもしれない。義憤に駆られた北朝鮮の特殊部隊の人々が大変良かった。

*1:これ本当なのかと思わないでもないが比較に足る材料を持ち得ていない

読んだり観たりしたやつ (2025-08)

読んだもの

クーデターの技術 (中公文庫)

買ったやつと表紙が違う。当人が当事者として臨んだとあるファシスト党やら黒シャツ隊によるクーデターの描写が他に比べて活き活きしているのは仕方のないことか。ナポレオンからカップに至るまでの理論的な積み上げを当人参加のうえで母国で実演するとなると気合が入るものな。『クーデター入門』と近しい時期に読むことになったのは偶然なのだが、だいぶ体系的な洞察が得られたように思う。

数学ガール/リーマン予想 【電子特典付き】

待ってました。終わらないかと思っていました。有り難うございます。大変面白かった。前巻からの時間経過に思いを馳さざるを得なかった。
物語が終わるというのはとても良いもので、成仏の機運が出てくるからだ。冗談ではない。物語の成仏というのは区切りのつくかたちで読者の血肉と化すことだ。そうなれない物語のほうが多い。数学ガールは私に数学の魅力を教えてくれた物語だった。得意でも明るいわけでも詳しいわけでもないが、数学は好きだ。そういう態度になれた。

9/1 追記

まだあったのを思い出した

声の文化と文字の文化〈普及版〉


活字が前提にある文章とそうでない文章とで何らか差があるよな(後者が活字になった場合に前者と比べて読み辛いな)と思っていたが、文化のレベルでこうまで別物と言われると、不思議な納得感があった。耳で覚える流れと目から反復して捉える構造といったものがあって、どうしてもスズキ・メソードによる音楽教育みたいなものがちらついて離れない。基準を音とするか記号とするか(音も記号ではとどこからか声がするけど無視する)で違った視点が得られる。面白い視点を得た。いま『雨月物語』を読んでいるのだが(来月ここに書けるといいな)これは声の文化に属する物語だと思う。

観たもの

教皇選挙(字幕/吹替)

もうこのレイフ・ファインズにはアーモン・ゲートを演じることは出来ないのだろうと悲しくなった。物語はまあなんというか時代精神っぽい感じがした。外部との通信が一切遮断されるような描写がある施設の中で枢機卿以外の面々はふつうに通信が出来て内通がまかり通るの片手落ちではないかと思うのだが、情報統制って難しそうだもんね。

インターステラー(字幕版)

機械の側面からの映像に異様にこだわるのがこの監督の性癖(本来の意味のほう)なのだな。先に観た『ダンケルク』でも有ったがあれはガンカメラのオマージュなのかと思っていた。ガンカメラを想起させるなら胴体ではなく翼からの視点にするか。コンピュータが良き相棒になれてよかったね。
ウルフ・オブ・ウォールストリート』が大好きで、この中でも主人公の最初の上司(昼飯にマティーニを啜ってコカインをやりまくるひと)が大変好きなのだが、観終わってからこの映画の主人公と同じ役者だったことに気付いた。役者ってすげえや。