``一意な文字列''

雑多な事柄

読んだり観たりしたもの (2026-05)

読んだやつ

二日酔い その正体を探し求めて

泥酔と宿酔のエピソード集(論考といったほうがいいか)といった感じで、最初は笑いながら読んでいたのだが、繰り返し泥酔と宿酔のエピソードやら何やらが出てくるうち、段々笑えなくなって来、ルドヴィコ療法的な状況になった。宿酔は人生の休憩といった言い回しが本書末尾のほうにあって、これはかなりしっくりくる表現だった。休憩を強制されないと休憩を取れないような場合、却って有り難がるべきが宿酔なのかもしれない。最大出力で動き続ける機械は定格出力を守って動く機械よりも甚しく壊れやすい。宿酔は意図せず訪れる強制的な自滅で、自滅によって休憩が得られる。
我が身を省みるにこれは情けないことだろう。自滅しないと休憩ができないなんて、自省するために自滅が必要ということで、自分自身を外部に放り投げていることでしょう。自身の制御を外部に委ねていることになるでしょう。それは多分生きてもいないし死んでもおらず、ただ動いているだけなのだ。

まず牛を球とします。 (河出文庫)

面白かった。『沈黙のリトルボーイ』が読みたかったのだけれど、表題作も面白かった。あとは『天地および責任の創造』と『改暦』が好き。共通点はなんだろう。諦めかな。

リヴァイアサン(上) (ちくま学芸文庫)

4月中ずっと読んでた。読んだなあ以上の感想がない。上巻末尾の神の国云々の章だけは面白く読めた。先生イングランド内戦中のグチャグチャ度合をふまえて省察しているんだと思っていたが、人間共が混沌に陥ることを時々前提にしていて、混沌に陥らないことを目指すが為にそういう振舞いを土台に考察しているとかそういうやつなんだろうか。

観たやつ

アマデウス(字幕版)

少しだけ、ほんの少しだけ音楽をかじってから観て本当に良かった。演者が何を言っているのかが大体解らないが、触れることは出来る。
凡庸であることを意識するのは本当に悲しいよなと主人公にひどく同情してしまった。奇(畸)人*1が出現したら凡人に出来ることは道を譲ることなのだろうが、凡人だって生きてゆくのだ、そんなことはドダイ困難な話で、ゆえに凡庸であることを意識し続けねばならなくなる。苦しいことだ。

ジャッキー・ブラウン


課題映画。観れてうれしい。タランティーノが『ワーニャ伯父さん』をやったらこうなるみたいな印象で、中年文学だった。生きてゆくのはつらいが生きてゆくのだ的なやつが先生の映画で出てくるのは新鮮だった。

ソウルの春(字幕/吹替)

こういうクーデターが成功に終わるのを描くこともあるのか。史実だもんな。クーデター主犯の将軍がガッツのある悪役でよかった。

工作 黒金星(ブラックビーナス)と呼ばれた男(字幕版)

保衛隊のエラい人が良い演技をしていてよかった。

宝島

コザ暴動が描かれていると知って観た。かなり良かった。暴動に舞踏が合わさるのは『ジョーカー』以降の映画なので仕方ないか。ガケやガマがだいたい『沖縄決戦』で見たことのあるやつ*2だったり、ボロをまとった幼子があちこちうろつきまわったり*3、どことなく『沖縄決戦』の影響を受けている印象があった。ドスの取扱や水責めなどの暴力描写に気合が入っててかなりよかった。
主人公は三人居て、陽と隠と狂言回しというところか。陽と隠というのは態度や立場というわけではなく、そもそもそういう単純な描かれ方をしてなく、役割のはなし。狂言回しの人は物語を進めはするけれども人間としては(主要人物間の描かれ方としては)傍観者と言ってよいような立場でしか無いように見え、暴動のあたりから物語の根幹を加速させるために表に出てきている。なので暴動までは積み上げで、暴動以後は速度がすごい。
「宝」とはなんだったのだろう?祈り、堪えて生きるということそのもの?叫び?『怒り』とテーマが似ていた気がしなくもない。

TITANE/チタン(字幕版)

女版『クラッシュ』かと最初のほうは思ったが、最初以外『クラッシュ』の要素はなかったように思う。チタンは遺伝するんだなあ。感想を書いていたノートにはネタバレ要素しかなかったので、引き写すのはやめておく。

悪いやつら

韓国の氏族?出生地?の繋りって大変なんだなとおもった。

極道の妻たち

面白かった。けれども『仁義なき戦い』を 4 -- 5回見直して漸く関係性がわかる程度にはこの種の関係を読み取るのが下手糞なわたしなので、物語の殆どを読み取れていない。抗争が終わりつつある頃からのシンプルになったところからが「観た」というべきなのだろう。けれどもそこから「観た」としてもウワアすげえやとなる。

*1:かつて有った『貝殻とフーガ』というテキストサイトを思い出した。数年前は辿り付けたが、いま調べたらもう見付からない。無念

*2:勘違いの可能性が高い。わたしは崖や洞窟や岩や何やらに対しての解像度が低い

*3:物語上そう設計されていると理解している。オマージュの線は無いんじゃないかとおもう

読んだもの (2026-04)

読みすすめている本はあれど、読み終えたのは1冊だけだった。

世界の本当の仕組み:エネルギー、食料、材料、 グローバル化 、リスク、環境、そして未来
エネルギーの増大が裕福さの源泉で、エネルギーは取り扱い易い携帯として電気になり、そいつを使ってあらゆるものが稼動しているのが世界だ、みたいな理解を得た。本文で解説されている内容の 1% 程度しか該当してないとはおもう。

読んだもの (2026-03)

雑文

3月も休日の殆どを泥酔と宿酔とに費したのでマトモに本を読めていない。宿酔になると寝ていることしか出来なく、その間まったく活字が読めない。読む気にならないとかではなく読めない。休日とは休養の為にあり、寝ているというのは究極の休養なのではと今でも思っているが、どうも違うようだ。来月は休日を真に休養なるものをもって過ごしたいなと思うが、真の休養ってなんなんでしょう。

本文

言語の七番目の機能 (創元文芸文庫)

伊藤計劃が生きていたらいつかこういうのを書いたんじゃないか、そんなことを思いながら読んでいたら解説で伊藤計劃の名前が出てきて感動してしまった。
物語としてはどうもスペクタルな感じがないまま締まったように思う。ロゴス・クラブがもたらす破滅はけっきょく個人の破滅だけで、『ファイト・クラブ』が描いたような世界に対しての攻撃ではなく、また七番目の機能それ自体はフランス大統領戦の戦術上の道具として用いられたもののみ。史実とフィクションとを連絡させながら物語を勧める都合そこまで劇的に、まさしく「劇」的に、世界に手を加えることは難しかったのかな。今書いてて思ったが七番目の機能をめぐる暗躍がポローニャ駅を吹き飛ばしたりシャンゼリゼ通りを狂乱の渦に叩き込んだりする実際の出来事を物語に連絡させたと考えれば、世界に対しての揺さぶりはじゅうぶん描けたものか。
終盤あたりから主人公が小説の登場人物かどうか考察しはじめるメタ的な展開になり、主人公も、ましてや書き手自身も、物語上の展開を拒否してゆくようになってゆく、ここはかなり面白かった。物語の〆もこれ以上俺に物語をやらせるなという吐き捨てのように見える。
推測と想像と論理、これが七番目の機能に漸近するための道具であって、これらは研ぎ澄ますには非常な鍛錬が必要になる。これらを放棄するとキンタマをチョン切られるので、鍛錬は大事だ。

世界は圏論でできている

三ヶ月くらいかけてポチポチ読んでいた。読んだなあ以上の感想は特にない。

読んだもの (2026-02)

酩酊の果てに宿酔で休日を一生寝込んで過ごしたりしていた一ヶ月でロクに本を読めていない。宿酔の時に本を読むことができればよいのにと思うくらいにずっと横臥していた。

すべての月、すべての年 ――ルシア・ベルリン作品集 (講談社文庫 へ 11-2)

クルマのパーキングブレーキを掛けるのを忘れて地元のアル中の溜まり場のクルマに追突させるエピソードが好き。

読んだり観たりしたもの (2026-01)

読んだもの

モーセと一神教 (光文社古典新訳文庫)

背景知識が無いと解った気分にしかならないやつ。しかし罪を認めて償った人間が罪を自己同一化して有り続ける人間を殴り続けるみたいなのは示唆的だ。罪の外部化と内部化とでも言いたくなる。外部化できると冒した罪は究極的には犯した人間から切り離される。内部化すると犯した人間と罪とは同化する。罪と共に生きるほうが内省的というか思索的になりそうだが、それが意味のある内省や思索なのかはどうなのだろう。

ユーチューバー (幻冬舎文庫 む 1-39)

珍妙な題名だがちゃんと村上龍だった。しかし先生どうしてここ最近『すべての男は消耗品である』の蒸し返しみたいなことしか書かなくなってしまったのだろう。
小説らしい動機があって物語がそこから一見して発生するのだが、その中身は過去の体験についてなのだ。『MISSING』でも同じような印象だった。『イン ザ・ミソスープ』を私は昔も今も、そして今後もきっと愛読し続けるのだが、その後書き*1で小説は物語の中にある情報が組込まれている云々とある。『MISSING』と本作とが私小説であるとして、私小説もこの小説の枠に含まれるとすれば、物語の中に組込まれている情報とは村上龍だ。怒りから小説を書いていた云々と本文にある表現から考えると、先生もう怒りはなくなってしまったのかな。残滓の振り返りをしている先生を俺は見たくない気がする。

明るい方へ 父・太宰治と母・太田静子/斜陽日記 (ちくま文庫お-79-1)

太宰くんちょっと引用しすぎだよ。情緒的なところがほとんど引用じゃないか。
「人間は恋と革命の為に生れてきた」*2という思想の引用から先生は物語に負け始めてしまい、ギロチンギロチンは先生の戦闘の結果生じた絶叫だったのかもしれないね。『斜陽』を読むときと全く同じ心境で読み、『斜陽』と同じような感動を得た。わたしは『斜陽』が大好きだ。これ以上何かを言う必要もないだろう。
『明るい方へ』のほうは事実ベースの記述ということで、そちらのほうは対照できる資料が手元に無いのでなんとも言えない……。

観たもの

ファーゴ (字幕版)

ああ小さくとも幸せな(身近な事柄に目を向けてその魅力に気付き気付かされるような)生活とはなんと良いものだろう。ミミズがウジャウジャ出てきたシーンだけは背景がよくわからなかった。旦那さんの創作の題材だったんだろうか。営業部長のパパさんは形見が狭すぎ壊れ気味。ポール・バニヤン人形がやたら出てくるのはこの物語がフィクションでしかないという暗示か。

アンダーグラウンド【4Kデジタルリマスター版】 [Blu-ray]

すこし前に『石の花』を読んでその流れをうけたもの。音楽がすごい。それはもうすごい。すごいのだが音楽自体が記憶にのこることはなく、ユーゴ内戦と「天国」のシーンが大変印象的。映画の結末だから印象に残ったのかもしれない。

*1:少なくとも幻冬舎文庫にて収録されるもの

*2:https://www.aozora.gr.jp/cards/000035/files/1565_8559.html から引用

読んだもの (2025-12)

ツァラトゥストラかく語りき (河出文庫)
課題図書。独立した自分の意志を持ちましょう。言うは易し、行うは難し。『斜陽』のイメージソースのひとつだったんだなと読んで初めて解った。

爆発物処理班の遭遇したスピン (講談社文庫)
掲題作もよかったが『九三式』がいちばん好き。解説よろしく読みたかったのはこういうやつだった。文学青年で居られればよかったのに敗戦の泥濘が主人公を黒い霧に包んで殺してしまった。

君のクイズ (朝日文庫)
知的好奇心を満足させる面白さだった。いっぽうで『ゲームの王国』や『地図と拳』を書いた人の作品なのだよなとおもうと寂しさがある。要するに狂気を物語って欲しいみたいなことなのだが、現代日本の眼前にある日常の風景を描く場合には観念的な狂気は場違いなのかもしれない。

読んだもの (2025-11)

科学革命の構造 新版
読み終えるのに半年かかった。パラダイムという便利概念の導入がこの本の功績なのだな。理論や技法の洗練には劇的ないし一朝一夕での変化みたいなものはあまりなく、浸透するように受け入れられてゆく。浸透に至るための「浸透圧」のようなものは新しい理論や技法の「うまくいく」度合いで測られ、観測精度の向上や事実との一致度合いなどがある。科学史を一本の時系列として見ようとしては実質を見落す、といったものか。大分面白かった。

千年の愉楽 (河出文庫)
カンナカムイがどうとかという最期のハナシになってようやく面白く感じた。終わりが見えてきたから面白く思えてきただけかもしれない。読みにくいなあとずっと思っていたのだが、吉本隆明の解説を読んでこれは口伝の物語、つまり声の文化に類する描かれ方ということで、どうりで読み辛いわけだ。江藤淳の解説のほうは引用が激しすぎて先様の文章が本体なのか引用文が本体なのかわからなくなった。江藤淳を読んだことが無いのだがこういうものなのだろうか。古典を古文のまま引用しているので読み手の能力不足で読み取り辛い面はある。

AI法廷の弁護士 (ハヤカワ文庫JA)
アナキズムの話だった気がしなくもない。実写ドラマになったら面白そうだなと思った。法廷をクラックして酒盛りをするシーンは安酒で酒盛りをするのが大変よかった。