``一意な文字列''

雑多な事柄

読んだもの (2023-08)

書いててハーモニーに言及しすぎだと思った。原風景が透けて見えるね。

われら (岩波文庫)
読んでいる端から目が滑っていってしまった。酒飲みすぎてとうとう頭がおかしくなったのかと思った。要素要素で『ハーモニー』の技術的な元ネタのようなものが出て来、伊藤計劃は勤勉だなあと思った。『素晴しき新世界』と比較されることが多いらしいが、読んだの相当前なのでもうあまり記憶がない。封じ込めていた野蛮が正常な世界に滲出してくるみたいなのは確かにそうかも。

花ざかりの森・憂国 (新潮文庫)
憂国』が読みたくてずっと狙っていた。買った。読んだ。かなりよかった。あとは卵に裁かれかける不良大学生達のファルスが好き。作品名忘れた。

きらきらひかる (新潮文庫)
友人に薦められて (1/3)。傷のある者たちのいたわりあいの物語だと思った。いたわりが丁寧すぎると攻撃されているように思えるのはよくわかる。真綿でも首は締まるのだ。

正欲(新潮文庫)
友人に薦められて (2/3)。現代社会のスナップショットのようだった序盤を読んで読むの止めようかと思った(わたしは読書を逃避の手段だとおもっているので逃避先に逃避したい内容があるのが非常に苦痛なのだ)が、『ハーモニー』みたいになってきた中盤くらいからのめり込んでしまい、終盤で突き落とされて呆然とした。
わたしは「正欲」(これフロイトの用語なのね)の議論に加わることを望まない。ゆえに何も言わない。逃避というのは現実的な解だと固く信じているが、何も解決しないこともわかっている。確定したものなどなく、浮動し、妥協の成すものにしておくのがよい。しかしこの本でマジョリティとされる側にわたしはおり、その時点で「正欲」の議論に巻き込まれているとも思う。ダラダラ書いてしまっていてよくない。考え続けることを要求される物語だと思った。

彼女は頭が悪いから (文春文庫)
友人に薦められて (3/3)。安吾に狂って「涅槃大学校」、ではないか、印度哲学科じゃないし、ともかく安吾と同じ大学に進んだ学生のシーンでひととおり笑った。これがこの物語の唯一の愉快なところで、あとはもう胸糞悪い物語で胃もたれした。何が胸糞悪いかというと読み手の(アレント的価値観でいう)アイヒマン性をほじくってくるからだ。身が引き締まる思いをした。
なお安吾安吾たらしめたのは矢田津世子と戦争であって大学ではないんじゃないかと思ったが、とうの学生はプラグマティックな動機で進路を決定したので、安吾の読者だなあと思った。妙な感想になってしまった。

読んだり観たりしたもの (2023-07)

読んだもの

青い脂 (河出文庫)
今年の訳解らん枠。読めば読むほど何がなんなのかわからなくなった。これまでの訳解らん枠はピンチョンが筆頭だったのだけどこの本のためにソローキンがトップに出てしまい、世界は広く、わたしはまだまだ何も知らない。「青い脂」というのは読後の所感の事なのかねと思ったけど結局何がなんだかやっぱり解らなかった。

侍女の物語
たしか飲み友達と痛飲した翌朝の帰路の電車の中で突然マッドマックスの話からディストピアの話になり、三大ディストピアのひとつとしてこれがあるんだと紹介された(のこりはオーウェル『一九八四年』とザミャーチン『われら』で、最後のやつは積読の中にある)ので読んだ、というやつだったと思う。
後世から物語の時代を議論する付録があるところを含めて『一九八四年』っぽいのは後発なのを考えればある程度仕方無いのかなと思った。野郎(しかも権力のある野郎だ)の無邪気さんに比べ侍女の無力さはすさまじく、希望も刺激も何もない。そんな
世界で生きてゆけるようには人間は出来ていない。なので地獄に通じているかも知れない選択をするし、わずかな情報や変化にすがる。ここまで書いてこの本を理解できているか不安になった。ウエルベック服従』の女性視点ではないかともちょっと思ったのだが、これは服従の背景を表面しか知らないが為の観点なのであまり適切な感想ではないかもしれない。選択肢は多いに越したことはないと思った。

滅ぼす 下
滅ぼす 上
邦訳待ってました。ありがとうございます。文庫が出るのを待つとかそんなこと全く考えずに買った。
申し訳程度のサスペンスに揺られる世界、いっぽうで死と神(これが「滅ぼす」の主語だと思った)に包み込まれた主人公とその家族の物語で、『セロトニン』を複数人対象にして同時進行したような感じだと思った。今回の主人公は世界に別に絶望しておらず、これまでのウエルベックでよくあった絶望の究極として死に至るというのが今回は無く、まったく普通に病気や事故(
というには悲劇的な感もあるが、病理的な扱いにされているのが目立つ)で死んでゆく。もしかしてウエルベックは健康に問題を抱えはじめているのではとちょっと心配になった。世界への攻撃よりも個人の破滅に重きが置かれ、世界の破滅の話は尻切れトンボになり、個人の破滅が痛みを重ねて描かれ続ける。いままでずっと『セロトニン』がある種の区切りだったと思っていたが、これを読んだ結果そうではないなとわかった。たぶん『服従』が区切りになっているのだと思う。

観たもの

シン・仮面ライダー
殺陣があまりにあんまりで笑ってしまった。キル・ビルを観ている時と同じ笑いが出てしまった。

www.ghibli.jp
Amazon で引っ掛かるのは全く小説のほうのみだった。本当に情報が出てないんだな。劇場で観てきた。
宮崎駿の思い出集大成だと思った。風立ちぬ以降氏はずっと自分に課してきた少年少女向けの物語という方針を捨ててしまったのだろうか。もっと前から(もののけ姫あたりから?)怪しいか。冒頭の火災(観ていたときは空襲かと思ったが本土空襲が始まる前の時期なのとサイレンや鐘の打ち方が空襲警報のそれではないので火災だと思う。後者のソースは『東京都戦災誌』)の描写から主人公ひいては宮崎少年は火にトラウマがあるのではと思った。霊魂みたいなやつが転生するときに巨大な魚みたいなやつの臓腑を食う必要があるというのは何かモチーフがありそうだ。素晴らしき新世界を拒絶して今ある世界を肯定して生きるというのはナウシカ、しかも漫画版のほうのナウシカのラストと同じで、三十年以上のものあいだずっと世界を肯定したかった、しかも絶望しつつも肯定したかったのかもしれないと思い、なんだかほろりとしてしまった。同じテーマを色々な物語で描き続けているということはしかし肯定しきれていないということで、ここまでは出来たがここから先は……という、そこに到達できるかどうか。
安吾や由紀夫などの戦争に強姦(あえてどぎつく書きます)された人間は戦争以上にメチャメチャなものを描けないように思っていて、もしかしたら宮崎駿もここに入ってしまうのかもしれない。こう描くのは非常につらいのだが……と、モデルグラフィックス誌上の氏の漫画風の感想を抱いた。

読んだもの (2023-06)

中核VS革マル(上) (講談社文庫)
中核VS革マル(下) (講談社文庫)
新左翼版の仁義なき戦いという感じだった。ただし仁義なき戦いでいえば頂上作戦のころで終わっている。結末がどうなったのか気になるところ。両派とも今もなお存続しているので結末は到来していないのかもしれない。

そして誰もいなくなった (クリスティー文庫)
実際に読んだやつとは表紙のデザインが違う。早川の文庫なのでたぶんこれと同じだと思うが。人死にが始まってからどうにも皆さん記号的に動きすぎやしてませんかねという気持ちになってしまった。オチを事前に知ってから読んでいるので読み方に問題がある可能性は大いにある。

アクロイド殺し (クリスティー文庫)
これもなんだか皆さん記号的に……という印象を抱いてしまった。ホロー荘ではそんなこと感じなかったのに……。手記の締め方は好きだった。上品なオバサンのウザったさみたいなのをネチネチ書いているのはホロー荘でもあってこういうの著者は好きなのかねえみたいなのは思ったが、この印象はウエルベックの完全な影響下にあり、こういう経路の感想がおれはあまりに多いわい。

読んだもの (2023-05)

にごりえ・たけくらべ (新潮文庫)
しょっぱい境遇を強いられる人々のしょっぱい生活の数々という感じだった。『東京の下層社会』を先行して読んだせいでそっちの認識に引き摺られてしまった。出てくる土地柄の背景が先行資料で把握できていたのはよかったかもしれない。

読書について 他二篇 (岩波文庫)
これ安吾のエッセーで読んだな、といった記述がけっこうあり、驚いた。安吾も印度哲学出身なので思想が似るのかしらん。

さかしま (河出文庫)
服従』由来。よくもまあこんなミッチリとした城壁を築いて引き篭れたもんだと思った。しかし城壁は案外アッサリ陥落してしまった。注釈の数が本文の頁数と同じくらいにあるのは勘弁してほしかった。無かったらそれはそれで訳分からんことになるのだが。

読んだもの (2023-04)

東海道中膝栗毛 下 (岩波文庫 黄 227-2)
最後まで当初のテンションが続いていたらすごかったのだが、大阪に入ってからダレてしまった感じがする。特に結末はあまり綺麗にオチておらず、疲れてしまったのかしらん。気楽に読んでところどころの狂歌のうまさにビックリするという読み方が丁度よいなと思った。それにしてもシモの話の多さがすさまじく、少年の心が蘇える感じがする。

夢酔独言 (講談社学術文庫)
安吾の『青春論』で出てきたやつだと大興奮して買って読んだ。解説でもバッチリ青春論に言及されていて笑ってしまった。しかし青春論をはじめて読んだころに探したときはこの本が見付からなかった気がするのだが、探し方が悪かったのかしら。
中身は無敵の無頼の話で、無敵の無頼というやつは始末に負えないので凄まじい。

東京の下層社会 (ちくま学芸文庫)
東海道中膝栗毛』を読み始めた当初に何故か併せて買ったもの。町人街と細民街と貧民街との区別を今まで付けていなかったことがわかった。そして気楽に手を出すとかなり後悔する壮絶な内容でもあった。この時代だからこそ読んでおきたい本だと思いつつ、安易に歴史と現在との比較をするのも理解を鈍らせるような気もする。
とりあえずこれのおかげで樋口一葉を読んでみようという気概になった。

中国戦線従軍記: 歴史家の体験した戦場 (岩波現代文庫)
『飢死した英霊たち』由来。面白かった。世界に完全には馴染めなかった将校の話で、『ティーガー戦車隊』と同じような印象をうけた。
もっとも指揮官の立場と兵隊の立場とは心象が違うはずで、著者と同じ部隊にいた下士官や兵が記した記録も併せて読んでみたいと思った。読んでみたいと思っただけで文献を探してはいない。



追記

何か忘れていそうな気がずっとしていたが以下も読んでいたことを思い出した。紙でしか文書を読めないタチなのだが量が量だけに印刷するわけにもいかず PDF のままなんとか読み、多大な努力を要した:
cruel.hatenablog.com

実績を携え理論武装をした人間が自身の抱く期待と向けられる現実の間とのギャップを解消できず壊れてゆく光景はなんだか氏(もちろん訳者ではない)がその理論武装の中で敵と宣言している数十年前にお国をメチャクチャにした敵国の頭領のようで、同じ穴の狢 *1だなと思った。ツッコミ役が消滅するのは厳しいね。

*1:狸穴町を連想してすこし笑ってしまったのは内緒

読んだもの (2023-03)

今月はあまり本を読めなかった。いっぽうで積読は増えてゆく。

失敗の科学 失敗から学習する組織、学習できない組織
酒席で「失敗の〜」という語と本に関する話題を耳にし、すわこれは『失敗の本質』の話かと勢い勇みガダルカナルインパールだと捲し立てていたら怪訝な顔をされ、よくよく聞いたら違う本だった、という顛末により読むことになった。
読む動機はそういう感じだったが肝心の内容が記憶から抜けている。失敗を失敗として認識できる土壌が業界としてあるかどうかで失敗から学べるかソッポを向き続けるかが違ってくるよ、というものだったかしらん。

東海道中膝栗毛 上 (岩波文庫 黄 227-1)
ライムは続くよ、どこまでも。なにもかも全部狂歌でうまいことまとめてサッサと進む。洒落るのにも知識は必要なのだ。
駕籠や馬に乗っているというのもあるだろうが全体的に恐ろしい速度で移動していて、徒歩が移動の主体だった時代の人々の健脚さはすごい。『平家物語』や『ドイツ戦歿学生の手紙』のときにもあった現代仮名遣いでない為に読むのに辟易するのは今回もあり、もうそういうものと諦めることにした。

読んだもの (2023-02)

なめらかな社会とその敵 ──PICSY・分人民主主義・構成的社会契約論 (ちくま学芸文庫)


などとほざいていた割に*1いちばん面白いと感じたのは構成的社会契約論のくだりだった。
線型代数的(グラフ理論的といったほうが正確かもしれない)なオハナシが続く PICSY や分散投票のあたり、つまりシステムを構築するための議論のところは今にして思えばチンプンカンプンだったことを告白しておく。
わたしは数学の教科書めいたものを読むのが本当に苦手で、それをなんとかしたくて数学の教科書をパラパラめくる「数学観光」とでも言いたくなるようなことを去年くらいからやっている。それはともかく。

なめらかな社会というのは高度なシステムによって下支えされた社会がその構成要素をあまねく構成員に細分化して配布するといったものと読め、これはほとんど『ハーモニー』ではないかと思った。
これを書きながら調べたらハーモニーのほうが先に世に出ていたので、伊藤計劃はほんとうに凄く、この本にしてもグラフ理論的なシステムが力を持っていたゼロ年代の成果のひとつではあるのかもしれない。
もっとも古びた内容というわけではなく、むしろ本当に10年前が初出なのかと驚くほどに現代的である。

餓死した英霊たち (ちくま学芸文庫)
『すべての男は消耗品である。』由来。事実としては知っていたがその内実を知らなかったものの数々。
駄目な方面で有名な日本陸軍の参謀達がものすごい勢いで登場し、それらに対してデータで裏付けられた呪詛がこれでもかと続く。もちろん組織の問題に対しても説得力のある呪詛が続く。
極度の飢えと疲弊とで身体が崩壊し戦争の名の下で戦闘すらも出来ずに死んでいった軍人たちの話で腹がはち切れんばかりになる。
映画のほうの『軍旗はためく下に』で一瞬差し込まれていた自力で出来る行動の内容とそれに対応する死ぬまでの時間との言説
の元ネタのようなものが出ていたのは少し感動した。有名なエピソードなのかもしれない。

情報なき国家の悲劇 大本営参謀の情報戦記 (文春文庫)
『餓死した英霊たち』で何回も言及されていたので気になり読んだ。
「推測するな、計測せよ」みたいな感じの金言があるが、これを戦争に対しておこなった一例だったのだと思う。そこからさらに一歩進み、計測した内容が本当に有意なのかという考察もできていないといけない。そしてその結果は恣意的に取り扱われてはならない。
身につまされる内容だった。読んでて普段の労働のことを考えてしまい寒気がした。

*1:Twitter の埋め込み post に対し言及している。Twitter が吹き飛んだ時に備えて書いておくと泥酔している時に数式が出てくる本を読むと酔いが覚めて便利みたいなことをほざいている