読んだもの

人類の子孫が人類でなくなり滅亡が確定した人類となってから先が本当に好き。滅んでゆく世界*1に対し穏やかにそれを迎える者、無茶苦茶をやる者、急ぐ者、待つ者、寄り添い固まり破滅を待つ。最期のひとりは観測者となり、滅亡する人類に追悼を送った「上主」*2達は去ってゆく。「上主」の追悼文は名文だ。
滅亡が確定云々に至る前までは人類がスポイル*3されゆく光景が読んでいて苦痛だったのだが、こんなに美しく感動的に崩壊して締まるんだったら別によい。これは解説の内容通りだと思う。

母から延々呪いの言葉を投げつけられる『抜髪』と糞の話で終わる巻末エッセーとが好き。田中英光みたいな下手糞な自分語りをされたらどうしようと恐れながら読み始めたのを白状するが、自分語りと私小説とはどうやら違うらしいということを学んだ。
他人の言葉が自分の血肉になって初めてひとは「物言い」になれるという『私の小説論』はだいぶしっくりと「物」に沁みた。中身全体をとおして世捨てだ加害だ云々という言うところを除けばだいたい安吾の思想っぽくなってくるのが面白い。少しでも求道のようなことをするとこういう軸が出来てくるのかもしれない。

最悪な気分になった。これは傷を負わせる物語であって、善い(良い、ではない)物語だ。
中盤あたりで出てくる結婚は神前の契約であり契約を履行する義務が云々でこれは話者が自分に対して言いきかせていて、堪らない。そこからは先は気色の悪い正当化、合理化、無視、逃避。絶対にこうなりたくないと思うが、絶対にわたしはこういう側面の行動をしているだろうし、陰惨な気分になった。こういう「正しい」人間を目の前にしたらそりゃあ諦観するわ。
解説では諦観せずに争えみたいなことを言っていて、それは正しい、正しいが、徒労感みたいなものが先に立ってしまうと争う気にすらならんのだ。離れるという選択肢を弁護士先生は「契約」に縛られているので出来ない*4。子供達は自立というかたちで争いこの地獄から脱出した。さぞかし先生羨しかっただろう。
『ボトルネック』を初めて読んだときに似た 感動 を得たのだと暫く経ってから気付いた。
物語の中で唯一の清涼剤は公爵婦人で、俺はこの公爵婦人のようになりたい。
*1:この「世界」というやつは人間世界という意味での世界でしかなく、この物語が取り扱うほうの世界に比べたら随分と小さいものになるのだと気付いた。どちらに感情移入してしまっているかは言わずもがなである
*2:読んだ本ではこの訳だった。『幼年期の終わり』と題が訳されるもののほうが本邦では著名らしいが、そちらでどう訳されているかは見れていない
*3:幸福ではあるんだろうなと思った。こういった文脈でわたしはすぐ『ハーモニー』に飛び付いてしまう。もちろんハーモニーのほうが後発だってことくらいわかってる
*4:『虐殺器官』で神学堪能のアレックス氏が地獄から逃げられなかったのを彷彿とさせる。いやだから虐殺〜が後発ということくらいわかってますって




















































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