``一意な文字列''

雑多な事柄

読んだもの (2024-11)

手をつけた本が案外重たかったり延々ウエルベックを読み返していたりしていたせいで今月はあまり新たな本を読めていない。

水曜日は働かない (ホーム社)
俺も絶対に京都で暮らしたい。嵯峨か西陣のあたりで暮らしたい。旅行で京都をブラブラしていた記憶が鮮やかに甦ってきてたまらない気持ちになった。京都云々は収録されているエッセーのひとつでしかないのだが、このエッセーだけで気分が高揚してしまった。

読んだり観たりしたもの (2024-10)

パソコンカタカタが可能な環境から離れてしまったが為にいつもとタイミングが異なる。ロスタイムで何かが増えた訳でもない。その意味で正直な記録ではある。

読んだもの

戦争論 (下) (中公文庫 B 14-2 BIBLIO S)
いやあ読み切ったなあ、という達成感だけがある。それだけ。

「空気」の研究 (文春文庫)
舶来の思想を切り貼りツギハギして新たな思想を編み出す本邦のやりかたで元々の内容が骨抜きにされてゆくのを雨で腐る等と表現しているあたり、遠藤周作の『沈黙』に近いしいものを感じた。どちらが先行しているのかは知らない。

ノー・カントリー・フォー・オールド・メン (ハヤカワepi文庫 マ 1-6 epi108)
映画を観たので原作もということで。面白かった。一気に読み上げてしまった。
映画がほぼ原作通りだったのでその方面でまず感動した。シガーは映画よりも小説のほうがより瞑想的で、メキシカンマフィアも小説のほうが暴力的、保安官も小説のほうがより打ちのめされている。救いは無い。
シガーの思弁的殺人に巻き込まれず(別の方向で退場してしまったが)に済んだということで主人公が唯一の死神に対する勝者なのかもしれない。そうなると保安官も勝者なのだが、彼は理解も対処も助力も出来ない現実には敗者であって、敗者と化す最後の一押しがシガーの存在と主人公の死なのだった。なのでシガーに対しても敗者なのかもしれない。

エロチック街道(新潮文庫)
ジャズ大名』が読みたくて。これは大変よかった。他はちょっと合わなかった。

最暗黒の東京 (講談社学術文庫)
なんというか、まあそんなもんだよねという感じだった。『東京の下層社会』を先に読んでしまった為のこの感想だと思う。

ふるさとは貧民窟なりき (ちくま文庫)
スラムを扱う既存のルポルタージュに対しての階級制度的な認識をスラムで育ってきた著者の視点から実体験を踏まえて批判することにこの本の瑞々しい(語弊のある形容だ)魅力がある。ただしスラムの中では強者の側、市民権のあった立場からの視点ではないかと感じ、そうでない立場の場合に果たして同じような視点をとれるだろうか。いっぽうで省察や記述は強者の立場にあることで初めて可能になるだろうし、『きけ わだつみのこえ』と同じような課題を抱えた本だとも思う。

観たもの

ベルリン・天使の詩【4Kレストア版】 [Blu-ray]
ヒトラー 〜最期の12日間〜』を観たころからの課題映画だった。"PERFECT DAYS" と同じようなテーマを40年前に既にやっていたのね。これとの違いは主人公にコミュニケーションに飢えさせた事と舞台の歴史に目を向けさせた事とか。突然画面に SS 将校がいっぱい出てきてアレッそういう映画だったっけと焦ったのだが、これは劇中劇だったようで。この描写も「舞台の歴史」ではあるか。

読んだもの (2024-09)

戦争論〈上〉 (中公文庫)
実は課題図書だったのだが、おいそれと手を出してよいものではなかった。いま下巻を読んでいるが、遅々として進まない。
現代的意義が無いものはたとえ歴史的に明察であったとしても打ち捨てたほうがよいみたいなことが有って、はたしてこの本はどうなのだろう。現代的意義がまったく無いわけでは思うが。上巻の範囲ではこのへんの感想を書くのは尚早かしら。

トニオ・クレーガー (光文社古典新訳文庫)
秒速5センチメートル』のラストみたいな内容が延々続くという恐しい前評判を友人から教わり恐怖しながら読んだ。そんなわけではなった。
『秒速〜』ではかつて二人だけの世界だったものが成長と風化によって崩壊することですれ違いに至るが、この物語では自分が世界に馴染めないことに由来する自身の逸脱、特殊性、そこに軸を置いた自意識が崩壊することで生じる、自分と自意識とのすれ違いだ。決別と言ってもよいかもしれない。

若きウェルテルの悩み (岩波文庫 赤 405-1)
課題図書。読み終えてなんだがひどく落ち込んだ。読んでいる間は文体が酷く読み辛えなと思っていたので、感情に作用するものとは自分でも思ってもみておらず、意外だった。手に入らないものは手に入らないし思い通りにならないものもまた然りという態度を私は取りがちであって、ウェルテルのような激情とは距離があるはず、それなのに読んで落ち込んだということは、たぶん私は実は諸々を諦めたくなんてないのだろう。

読んだり観たりしたやつ (2024-08)

読んだやつ

カンガルー日和 (講談社文庫)
羊男が出てくるやつが好き。

9/3 追記;まだあったのを思い出した

男はなぜ孤独死するのか
孤独死というよりは孤独によって死にがちなのは何故かということを扱ったものと読んだ。自分以外の存在(これは他者というだけでなく動物や自然やその他諸々、外界と言ってもよいかもしれない)を軽く見過ぎなのが男で、加齢にしたがいその軽く見てきた有象無象が牙を剥く。正確には牙を剥くどころではなく、何もされない。そう、何もされないのだ。無関心は無関心によって攻撃されるか。軽く見過ぎた物の代替として何を獲得するかといえば仮想(imaginary も virtual も含みます)のもので、仮想のものはだいたい仮想に終わる。大変身につまされながら読んだ。読んだあと本棚に仕舞うのも忘れて、本を抱えてしばらくオロオロしていた。

観たやつ

アイアン・スカイ/第三帝国の逆襲 (吹替版)
iPhone を脱獄すると爆殺される世界でノキアiPhone を爆破して勝利する。最高だった。ナチスどこいったんだと思ったが、初代があまりにもきちんとナチス(というより SS)をやっていたほうが奇跡なのだろう。

ノーカントリー (字幕版)
もうずっとカラッカラに乾いている。ダクトテープと糸鋸とアスピリンで大体の課題を解決してゆくが、限界もある。戦争なので人がどんどん死んでゆく。狂気は反省もしないし、買収もされない。狼狽もしない。狂気は概念だからだが、この映画では狂気は受肉しているので、散弾銃で撃たれて負傷する。しかし狂気なので自分で手当てする。

セブン (字幕版)
ずっと雨が降ってて可哀想。ずっと陰惨で可哀想。ブラッド・ピットが泣く映画ということで観たのだが、特に矛盾なく泣くので、自然な(連続な?)泣きだった。
追記:これ前にも観てここになんらか書いた気がしてきた

怒り
怒りにも様々なものがある。様々なものに由来する。曰く、無力感、疎外感、理解されなさ、諦め、呆れ、侮蔑。間の当たりにしている現実と自身に出来ることとのギャップに対する反応のひとつといっても良かろう。ギャップに対し共感性を持ってくれる他者が入れば怒りはコミュニケーションの中で別ものに昇華し、そうでなければ先鋭化し、破裂する。昇華も破裂も、結果として怒りを抱いた当人の幸福になるか否かは別の問題で、怒りは動機でしかなく、結果ではない。

日本で一番悪い奴ら
案外普通だった。取締る対象を自ら手配して自ら摘発するの、ペイするのだろうか。しないから没落してゆくのだろうな。たけきものもつひにはほろびぬ。

読んだり観たりしたもの (2024-07)

読んだもの

戦場の性 独ソ戦下のドイツ兵と女性たち
今年の春先に精神的に参っていた時期があってその時に書評を読み、これは確実に最悪な気分になる本なので読もうと思って積んでいた。
最悪な気分にはなった。絶望感が溢れる方向の最悪な気分だ。
独ソ戦の民間人の被害(とりわけ女の被害)を赤軍由来のものしか普段意識していなかったことに気付いた。双方ともにかなりのものがあるというのは知識としては知っていたのだが。どっちもやることはやっていて、滅茶苦茶で、最悪だ。そしてそういう滅茶苦茶や最悪をそう言うだけで片付けてはならず、何が起きていたのか、どうして起きたのか、そういったことを明らかにしておくことが再び滅茶苦茶や最悪の絶望に至る可能性を減らすことに繋がる。そのための仕事のひとつとしての著述であり研究だ、そう思った。

ブラッド・メリディアン あるいは西部の夕陽の赤 (ハヤカワepi文庫)
パッサパサに乾燥している。何を言っているのか解らん間に人間が大量に殺されてゆく。そして殺した人間をバラバラに解体し、そいつを資材にする、着飾る。そして悪臭にまみれる。そんなことを続けながら延々と荒野を進んでゆく。
何を読んでいるのか解らなくなったが、これは『白鯨』でいう海が大陸で鯨が人間存在なのだみたいな解説があり、ああこれは白鯨なんだとなり、ようやく落ち着いた。解ったとは言わない。だって白鯨だってよくわかんねえまま圧倒されて終わっちまったもの。

QJKJQ (講談社文庫)
軽い気持ちで読み始めたら一日中読み耽って一気に読了してしまった。面白かったのだが、どうにも印象に残らない。世界観の背景についての理屈をしっかり肉付けした狂気太郎(『不安』あたりの頃の作風の時期を思い浮かべている)っぽいというのがしっくりくる読後感だった。『テスカトリポカ』のようにこれどうなっちゃうのと不安になるまで大風呂敷を広げるようになるのはここでは無かった。これも読み易い印象の補助になったと思う。

Ank : a mirroring ape (講談社文庫)
かなり好き。洛中が壊滅するあたり書いてて絶対に楽しかっただろうな。読んでいる側はニコニコしながら読んだ。人間とそれ以外を分かつのは恐怖への対抗と再現性の担保と自己と虚像との間にあるものへの客観性の獲得とがあるというのが骨格にあるみたいな感じだったと思うが、それ以上に人間が人間性を喪失して無尽蔵な暴力を手にした存在になり無茶苦茶をやる、そしてその暴力が洗練されてゆき、これが進歩だとというのは、こう、ええっと、やっぱり、楽しいですね……。

ムーン・パレス(新潮文庫)
出会いと別れ、金満と窮乏、これらがグルグル廻ってゆく。よい読後感だった。それにしてもアメリカってのはデカいな。アメリカの物語はアメリカ大陸のデカさに立脚しているな。『ブラッド・メリディアン』を読んでいても思った。

忘れられた日本史の現場を歩く
土地にそれなりの規模の人間が住み、暮らし、戦い、死に、去る、そうすれば記録が残り、それが歴史になる、そういった基本的なことに気付かされた。

観たもの

七人の侍
Amazon の Prime Video で観た。音が悪すぎた。登場人物が何を喋っているのか一切判らなかった。いつか 4K リマスター版を観てリベンジしたい。大群に圧倒されすり潰されながら最善を尽くしてなんとかしてゆくみたいな物語を期待して観たが、そういうのではなかったと思う。

蜘蛛巣城
これまで生きてきて芝居や演劇を観に行ったことが無いのだが、きっと観劇というのはこういった感覚なのだろうなと思った。映画というより舞台芸術という感じだった。妻が狂乱して手を洗いまくるシーン(思っていたより大人しい感じだった。狂乱に絶叫は必ずしも付属しないというのに気付くのは観た後だった)と主人公が滅多矢鱈に矢が射られまくってハリネズミになる(これもそんなではなくトドメの一発が決まるまではジワリジワリ傷付けられるだけな感じ)ラストシーンが観たかったので満足。しかしこれも Amazon の Prime Video で観たのだが音声が荒い。三船敏郎が何を言っているのか全く判らん。しかしそれを補うのには充分なほどの異様な眼光だった。異様な眼光の登場人物がいる映画は大体好きだ。

読んだり観たりしたやつ (2024-06)

読んだやつ

利己的な遺伝子 40周年記念版
伊藤計劃の典拠のひとつに触れられたという強い感触があった。嬉しい。
俺の闘争というものがこの本の文脈において有ったとして、きっとそれは gene ではなく meme をめぐる闘争になるのだろう。しかし生存機械の意思など gene や meme もどっちも知ったことではない。どちらがどちらを利用するかされるかではなく、別物なのだ、何もかも。そんなこんなでミームの章が読んでて一番面白かった。

箱男(新潮文庫)
後述の『関心領域』を観に行ったときに映画館内で宣伝されていたので気になった。見る見られる、次いで書く書かれるという視点の変遷。読者に手を出せる何らかの手段があったならきっと読む読まれるという視点の変遷まで進行させただろう。映画だとそこまでやっていたりするのかな。少し気になる。

ヴィクトリア朝時代のインターネット (ハヤカワ文庫NF)
インターネットが一世紀前に有ったのも面白いがハッカー文化みたいなものも一世紀前に有ったようなのが更に面白かった。才能の集まる環境の振舞いは時代を問わず似てくるものなのだろうか。あるいはコミュニケーションの距離の近さも要因のひとつだったりするのだろうか。

観たやつ

happinet-phantom.com
映画を観てきた。ヘスは SS 中佐なのに階級章がずっと SS 少佐なのは何故だろう。SS 少佐から SS 中佐に昇進したみたいな描写もないので、たぶんこれは考証ミスだと思う。

ヘスはこの映画では成功した企業幹部のようなもので、裕福だが凡庸な生活と業務面での有能さが淡々と描かれてゆく。
ヘスが属する企業の事業である最終解決のプロセスは単なる日常風景でしかない。収奪も土産物が運ばれてきた程度でしかない。人が大量に死んでゆくということに関心がない。凡庸な生活の中それは一切言及されない。何も無いかのようだ。しかしそれは起きている。延々と。昼夜問わず。ヘスとその家族は最終解決という事業がおこなわれる世界観においては「貴族」であって、ゆえにその世界観に馴染めない「平民」であるヘートヴィヒの母はその世界観から繰り広げる日常に耐え切れず、逃げ帰ってしまう。
関心のない領域を無きもの扱いにするというのはナチの時代も現代でもさほど変わらない。現代のアウシュヴィッツの施設清掃シーンはヘスが未来から裁かれる点、手前ら現代に生きる者共もヘスの家族と変わんねえぞという点、そしてアウシュヴィッツという場所がもはや記録と観光という方面での「関心」で扱われる領域になったという点、その3点での批判的なメッセージを込めていると思った。最後の点の解釈はちょっとどうかと自分でも思うのだが、映像的には少なくとも肯定的な印象は受けなかった。

映像的にはだいたいのシーンがキューブリック的な一点透視の映像で、『シャイニング』を観ているかのような緊張感がずっとあった。今にして思うとこれは「関心」の視点をヘスやその家族と一体化させる為のもの、関心の及ばない領域に重要なものがあるのだがあえてそこを落とすための技法だったのだなと思った。

SWALLOW/スワロウ(字幕版)
酒席で友人に薦められて。
異食症の話とのことだったが、ビジュアル面でのショッキングさはあるものの異食症は物語の本質でなく表現手段として選ばれただけで、呪いと痛みと苦しみのほうが物語の本質だと思った。異食症を描く為の呪い痛み苦しみなのではという見方も出来るが、物語のオトし方的にそうではなかろう。
元々主人公が抱えていた呪いが境遇由来の別の呪いと合わさって増幅され、抱え切れないほどに呪いが溢れ、痛みと苦しみと化し、そいつをどうにかする(かつ痕跡が残らぬように)為に逃げ込んだ先が異食症だった。当初は解放感があったはずのそれがいつしかそれ自身が痛く苦しくなり、呪いも広がり、最後は全ての呪いと決別する為の戦闘をするに至る。しかし痛みと苦しみは最後まで有る。ジットリとした重い映画だった。

読んだり観たりしたやつ (2024-05)

読んだやつ

異文化コミュニケーション学 (岩波新書 新赤版 1887)
韓国ドラマが面白い、何が面白いかというとリアルに基づくコミュニケーションの写実性の高さとその描き方のうまさだ、これを題材にコミュニケーションを議論してみよう、といったもの。COVID-19 の副産物が面白さに気付く切っ掛けだったとのことで、疫病は本当に文化にも影響を刻み込んでくるのだな。共感というのは他者に寄り添い同化するというもので、どうにも耳が痛かった。

言語哲学がはじまる (岩波新書)
これを読んでから論理哲学論考を読めばよかったな。知らない分野の文章を読むときは先達があったほうがよいという学びを得た。

炒飯狙撃手 (ハーパーBOOKS)
読んでてお腹が空いた。

観たやつ

ゴジラ-1.0
銀座が吹き飛ぶシーンが庵野爆発だったので感動してしまった。一方でわかりやすい物語だなあと思った。わかりやすい物語を摂取するとどうにも不安になる。本当にこれでよいのだろうかといった気分になるためだ。
バラバラの人々が家族として一緒に生きてゆくことの情緒や困難さ、生きねばならぬといった態度、罪悪感を抱え傷付いた人間が苦しみもがく事とそれに対しての救済、そんな感じのものをうまくパッケージ化した物語で、時代精神に見当った感じだ。秀作だと思った。