``一意な文字列''

雑多な事柄

読んだもの (2023-06)

中核VS革マル(上) (講談社文庫)
中核VS革マル(下) (講談社文庫)
新左翼版の仁義なき戦いという感じだった。ただし仁義なき戦いでいえば頂上作戦のころで終わっている。結末がどうなったのか気になるところ。両派とも今もなお存続しているので結末は到来していないのかもしれない。

そして誰もいなくなった (クリスティー文庫)
実際に読んだやつとは表紙のデザインが違う。早川の文庫なのでたぶんこれと同じだと思うが。人死にが始まってからどうにも皆さん記号的に動きすぎやしてませんかねという気持ちになってしまった。オチを事前に知ってから読んでいるので読み方に問題がある可能性は大いにある。

アクロイド殺し (クリスティー文庫)
これもなんだか皆さん記号的に……という印象を抱いてしまった。ホロー荘ではそんなこと感じなかったのに……。手記の締め方は好きだった。上品なオバサンのウザったさみたいなのをネチネチ書いているのはホロー荘でもあってこういうの著者は好きなのかねえみたいなのは思ったが、この印象はウエルベックの完全な影響下にあり、こういう経路の感想がおれはあまりに多いわい。

読んだもの (2023-05)

にごりえ・たけくらべ (新潮文庫)
しょっぱい境遇を強いられる人々のしょっぱい生活の数々という感じだった。『東京の下層社会』を先行して読んだせいでそっちの認識に引き摺られてしまった。出てくる土地柄の背景が先行資料で把握できていたのはよかったかもしれない。

読書について 他二篇 (岩波文庫)
これ安吾のエッセーで読んだな、といった記述がけっこうあり、驚いた。安吾も印度哲学出身なので思想が似るのかしらん。

さかしま (河出文庫)
服従』由来。よくもまあこんなミッチリとした城壁を築いて引き篭れたもんだと思った。しかし城壁は案外アッサリ陥落してしまった。注釈の数が本文の頁数と同じくらいにあるのは勘弁してほしかった。無かったらそれはそれで訳分からんことになるのだが。

読んだもの (2023-04)

東海道中膝栗毛 下 (岩波文庫 黄 227-2)
最後まで当初のテンションが続いていたらすごかったのだが、大阪に入ってからダレてしまった感じがする。特に結末はあまり綺麗にオチておらず、疲れてしまったのかしらん。気楽に読んでところどころの狂歌のうまさにビックリするという読み方が丁度よいなと思った。それにしてもシモの話の多さがすさまじく、少年の心が蘇える感じがする。

夢酔独言 (講談社学術文庫)
安吾の『青春論』で出てきたやつだと大興奮して買って読んだ。解説でもバッチリ青春論に言及されていて笑ってしまった。しかし青春論をはじめて読んだころに探したときはこの本が見付からなかった気がするのだが、探し方が悪かったのかしら。
中身は無敵の無頼の話で、無敵の無頼というやつは始末に負えないので凄まじい。

東京の下層社会 (ちくま学芸文庫)
東海道中膝栗毛』を読み始めた当初に何故か併せて買ったもの。町人街と細民街と貧民街との区別を今まで付けていなかったことがわかった。そして気楽に手を出すとかなり後悔する壮絶な内容でもあった。この時代だからこそ読んでおきたい本だと思いつつ、安易に歴史と現在との比較をするのも理解を鈍らせるような気もする。
とりあえずこれのおかげで樋口一葉を読んでみようという気概になった。

中国戦線従軍記: 歴史家の体験した戦場 (岩波現代文庫)
『飢死した英霊たち』由来。面白かった。世界に完全には馴染めなかった将校の話で、『ティーガー戦車隊』と同じような印象をうけた。
もっとも指揮官の立場と兵隊の立場とは心象が違うはずで、著者と同じ部隊にいた下士官や兵が記した記録も併せて読んでみたいと思った。読んでみたいと思っただけで文献を探してはいない。



追記

何か忘れていそうな気がずっとしていたが以下も読んでいたことを思い出した。紙でしか文書を読めないタチなのだが量が量だけに印刷するわけにもいかず PDF のままなんとか読み、多大な努力を要した:
cruel.hatenablog.com

実績を携え理論武装をした人間が自身の抱く期待と向けられる現実の間とのギャップを解消できず壊れてゆく光景はなんだか氏(もちろん訳者ではない)がその理論武装の中で敵と宣言している数十年前にお国をメチャクチャにした敵国の頭領のようで、同じ穴の狢 *1だなと思った。ツッコミ役が消滅するのは厳しいね。

*1:狸穴町を連想してすこし笑ってしまったのは内緒

読んだもの (2023-03)

今月はあまり本を読めなかった。いっぽうで積読は増えてゆく。

失敗の科学 失敗から学習する組織、学習できない組織
酒席で「失敗の〜」という語と本に関する話題を耳にし、すわこれは『失敗の本質』の話かと勢い勇みガダルカナルインパールだと捲し立てていたら怪訝な顔をされ、よくよく聞いたら違う本だった、という顛末により読むことになった。
読む動機はそういう感じだったが肝心の内容が記憶から抜けている。失敗を失敗として認識できる土壌が業界としてあるかどうかで失敗から学べるかソッポを向き続けるかが違ってくるよ、というものだったかしらん。

東海道中膝栗毛 上 (岩波文庫 黄 227-1)
ライムは続くよ、どこまでも。なにもかも全部狂歌でうまいことまとめてサッサと進む。洒落るのにも知識は必要なのだ。
駕籠や馬に乗っているというのもあるだろうが全体的に恐ろしい速度で移動していて、徒歩が移動の主体だった時代の人々の健脚さはすごい。『平家物語』や『ドイツ戦歿学生の手紙』のときにもあった現代仮名遣いでない為に読むのに辟易するのは今回もあり、もうそういうものと諦めることにした。

読んだもの (2023-02)

なめらかな社会とその敵 ──PICSY・分人民主主義・構成的社会契約論 (ちくま学芸文庫)


などとほざいていた割に*1いちばん面白いと感じたのは構成的社会契約論のくだりだった。
線型代数的(グラフ理論的といったほうが正確かもしれない)なオハナシが続く PICSY や分散投票のあたり、つまりシステムを構築するための議論のところは今にして思えばチンプンカンプンだったことを告白しておく。
わたしは数学の教科書めいたものを読むのが本当に苦手で、それをなんとかしたくて数学の教科書をパラパラめくる「数学観光」とでも言いたくなるようなことを去年くらいからやっている。それはともかく。

なめらかな社会というのは高度なシステムによって下支えされた社会がその構成要素をあまねく構成員に細分化して配布するといったものと読め、これはほとんど『ハーモニー』ではないかと思った。
これを書きながら調べたらハーモニーのほうが先に世に出ていたので、伊藤計劃はほんとうに凄く、この本にしてもグラフ理論的なシステムが力を持っていたゼロ年代の成果のひとつではあるのかもしれない。
もっとも古びた内容というわけではなく、むしろ本当に10年前が初出なのかと驚くほどに現代的である。

餓死した英霊たち (ちくま学芸文庫)
『すべての男は消耗品である。』由来。事実としては知っていたがその内実を知らなかったものの数々。
駄目な方面で有名な日本陸軍の参謀達がものすごい勢いで登場し、それらに対してデータで裏付けられた呪詛がこれでもかと続く。もちろん組織の問題に対しても説得力のある呪詛が続く。
極度の飢えと疲弊とで身体が崩壊し戦争の名の下で戦闘すらも出来ずに死んでいった軍人たちの話で腹がはち切れんばかりになる。
映画のほうの『軍旗はためく下に』で一瞬差し込まれていた自力で出来る行動の内容とそれに対応する死ぬまでの時間との言説
の元ネタのようなものが出ていたのは少し感動した。有名なエピソードなのかもしれない。

情報なき国家の悲劇 大本営参謀の情報戦記 (文春文庫)
『餓死した英霊たち』で何回も言及されていたので気になり読んだ。
「推測するな、計測せよ」みたいな感じの金言があるが、これを戦争に対しておこなった一例だったのだと思う。そこからさらに一歩進み、計測した内容が本当に有意なのかという考察もできていないといけない。そしてその結果は恣意的に取り扱われてはならない。
身につまされる内容だった。読んでて普段の労働のことを考えてしまい寒気がした。

*1:Twitter の埋め込み post に対し言及している。Twitter が吹き飛んだ時に備えて書いておくと泥酔している時に数式が出てくる本を読むと酔いが覚めて便利みたいなことをほざいている

読んだもの (2023-01)

ほかの月の記事に比べて文章がミッチリしているのは正月休みがあった為で、労働は文章を書くという基本的な表現技能すらも奪い取ってゆくのである。その証拠に正月休みの間に読んだ前半3冊以外はいつもの調子になっている。

すべての男は消耗品である。VOL.1~VOL.13: 1984年8月~2013年9月 連載30周年記念・完全版
去年末くらいから読んでた。2,000 ページくらいあったがスンナリ読めた。
俺が今書いているのはこんな感じのやつだみたいな文章を読み、なるほどあの作品を書いている時期なんだな、と思ったのがだいたい当たっていて、これでも村上龍をけっこう読んできたんだなあと感慨深くなった。阪神淡路大震災地下鉄サリン事件のころからか、文章の一人称が「オレ」から「わたし」に変わっていて、そのくらいから誤解や勘違いを避けるエクスキューズが増えているのが、なんというか世相のような感じがして悲しかった。
コミットメントと期待とは全く異なり、なぜか目標という文脈で両者が混同されてしまう、といった事柄がスッと言葉にされていて、読んでて安心した。

69 Sixty Nine (村上龍電子本製作所)
読んだのは文春文庫の紙のやつ。自薦の通り面白い小説だった。
傍から(あるいは大人から)みれば反抗であり通過儀礼にしか見えないかもしれない。当人にしてみれば闘争であり、獲得の為の campaign*1 であったのだろう。
最後の章のエンドロールみたいな後日談がとても好きで、まずいコーヒーをふるまうひどい男になった彼はもう大人になったのだ。当時軽蔑していた「大人」ではないのだろうが、太宰の『津軽』で明日も遊ぼうよと言えなくなってしまった蟹田の N 氏と津島修治とのような「大人」にはなったのだ。

ワーニャ伯父さん/三人姉妹 (光文社古典新訳文庫)
読んだり観たりしたもの (2022-11) - ``一意な文字列'' の以下:

ラストの手話劇の強烈な打撃力のせいで思わず光文社文庫の『ワーニャ伯父さん』を買ってしまった。

もうこれは経済とセックスの話題がないウエルベックで、つまりウエルベックチェーホフをよく読んでいるのだと思った。
宮崎駿がときどき言っている「生きよ」「生きねば」はこれまでずっと冗談かなにかだと考えていたのだが、これを読んですこし捉え方が変わり、ちょっとだけ言わんとしていることが解った気がする。
解説がとても秀逸で、自死による終末がなく現在を維持させるを得なくなるのが中年文学である、とあり、ガーンとやられてしまった。生きることのおぞましさよ。スッパリ終わらないが為にその後の苦しみや悲しみに思いをめぐらせてしまう。

桜の園/プロポーズ/熊 (光文社古典新訳文庫)
『斜陽』が大好きなので課題図書ではあった。斜陽がここから引いた要素は西片町から伊豆に移る経緯くらいしか無いように思った。桜の園では人知れず旧世界に残される人物が生じることになったが、斜陽では全員が旧世界から多様な手段で脱出した。ギロチンとコンチワアがそうさせたのだ。ところでこれは何に対しての感想文だったっけ。
桜の園そのものよりも併録の『熊』のほうがドタバタしてて好き。

麻薬書簡 再現版 (河出文庫)
きちんと目的を達成できたようでよかったね。

清兵衛と瓢箪・小僧の神様 (集英社文庫)
特に得るものはなかった。ただしこれは志賀直哉がダメというわけではなく、そしてたぶん合わなかったという訳でもなく、普段読んでいる小説がこの時代の文学よりも進歩した為であると思う。文学の成長の糧になってくれて有り難うという気持ちになった。すごく怒られそうな文章を書いている自覚はある。

定本 日本近代文学の起源 (岩波現代文庫)
『すべての男は消耗品である。』由来。面白かった。士族が徳川家というイデオローグを失った代わりにキリストというイデオローグを代わりに求めたのだ的な断章でたまらない気持ちになった。
本邦における近代文学みたいなやつが制度と政権に因るものが発展において大きなものを占めるというのは今まで露知らず、これを読んだ後で今日たまたま以下を読み、ハナシってやつは繋がるもんだと不思議な気持ちになった:
shinsho-plus.shueisha.co.jp
ちなみに上記記事で言及されている映画はなんだかヤバい臭いがしており、ヤバいというのは琴線をブッ千切って刺さって抜けなくなるという意味で、観たいが観るのを躊躇している。そしてまた何に対しての感想を書いているのか判らなくなるのであった。

*1:競争、運動、活動、ぜんぶどれもしっくり来ず、横文字でごまかした。戦争ではなく戦闘でもなく、戦役っぽいが「戦」の字を当てるほど血生臭くない。だいぶ乖離していることを自覚しつつ、『日本のいちばん長い日』の反乱将校たちの「夏の夜の夢」みたいな印象を込めている

読んだり観たりしたもの (2022-12)

読んだもの

ジャンキー (河出文庫)
クスリを酒に読み替えてしまいひとりで勝手にゾッとしてしまった。一人称の症状と行動はクスリも酒も同じな感じだ。売人が出てくるような階級構造は幸い酒にはなく、国家と企業とによるシステムのなかに酒があるからだ。

人魚の涙 天使の翼
酒を飲まない時期に読んでいたらハマったかもしれない。手遅れだ。

ある人殺しの物語 香水 (文春文庫)
パリの臭い描写が本当に臭そうでびっくりした。顔を歪めながら読んだ。物語としては面白かった。

MISSING 失われているもの (新潮文庫 む 21-1)


先生こういうものも書くんだなと思った。『69』を読みたくなった。

Iの悲劇 (文春文庫)
文庫化待ってました。ありがとうございます。いつも通りの苦さでとてもよかった。信頼できない同僚と上司に囲まれてしまい可哀想。

居酒屋の誕生: 江戸の呑みだおれ文化 (ちくま学芸文庫)
『考証要集』由来のもの。豆腐と鍋が食べたくなる。上方から船で江戸にやってくる酒を富士見酒と呼ぶのが雅でよかった。

兵隊たちの陸軍史 (新潮選書)
これも『考証要集』由来のもの。『激動の昭和史 沖縄決戦』で千早隊の人々が軍司令部で挨拶する際に「申告、致します」というのが何故かということがようやくわかった(報告ではなく申告なのは何故だろうとずっと思っていた)。戦争映画を観るときのディテールの理解に大変効く。軍隊生活で頭がボケるのを防ぐ為に数学をやる一節はなんだか示唆的だった。

観たもの

シン・ウルトラマン


『沖縄決戦』の航空参謀が着任するときのセリフがそのまま出てきて笑った以外は『シン・ゴジラ』のあまりに濃いパロディにしか思えなかった。濃すぎるパロディを観ると胃にダメージがくる。

アフリカン・カンフー・ナチス(字幕版)
これは、なんだ、なんなんだよ。爆笑しながら観てた。ゲーリングは黒ではなく白い服にしてほしかった。ゲーリングがこれくらい動ければバトル・オブ・ブリテンは勝ってたかもしれない。