``一意な文字列''

雑多な事柄

読んだり観たりしたもの (2022-06)

ほとんど宿酔でくたばっていた一ヶ月であった為マトモに本を読めていない。

読んだもの

平家物語(下) (角川日本古典文庫 Y 11)

両陣営ともにそれなりにゴタゴタしながら戦争してらっしゃる。そして思い出したかのように雅な断章が差し込まれる。
壇ノ浦のハナシが結構短かったのは意外だった。読み終えて思うが『慈しみの女神たち』の最後の章を読んでいたときと同じアタマの動きをしていた気がする。壇ノ浦以降も物語が続いていることに驚きがあったが、要するに敗戦処理なので、とても沈鬱。

観たもの

ヘルタースケルター
原作を読んだので。
検事さんが結構好きなのだが、これを実写でやるとなんだか痛々しい人物になってしまうのだと悲しくなった。
ベト9が BGM の発狂シーンはキューブリックの仰々しいオマージュという感じで、原作では早々に断念された「攻撃」のシーンが花やしきをバックにキリキリと続いてゆくのも併せ、何故か笑ってしまった。
小さなタイガー・リリィが凝縮される描写は原作以上にグロテスクでとても好き。『暇と退屈の倫理学』を読んでから観てよかったと思う。

リバーズ・エッジ


好き。原作がかなり好きで、ガッカリ映画だったらどうしようとちょっと尻込みしていたのだが、完全な杞憂だった。
原作における登場人物のモノローグをメタ的なインタビューで置き換えるのは斬新だった(先行事例はありそうだが)。登場人物の再現度がすごい。原作の痛みを伴う空気感がそのまま映像になり、痛みを伴う映画になっている。

読んだり観たりしたもの (2022-05)

読んだもの

平家物語(上) (角川ソフィア文庫)
京から福原に遷都されるあたりからだんだん面白くなってきた。それ以前はフーンこんなもんかという感じでパラパラ読み飛ばしていた。宮中の情景に関心を持てず、ゴタゴタが始まると面白く感じるあたり、エンタメしか求めていないということがわかる。
なお古文や旧字や旧仮名遣いについての知識が一切無いのに本文が古文で解説も旧字旧仮名遣いという代物を買ってしまい、パラパラ読むのにも難渋している。これと同じことは以前『ドイツ戦歿学生の手紙』でやった。過去から学んでいない。

掃除婦のための手引き書 ――ルシア・ベルリン作品集 (講談社文庫)
アル中本だった。わたしの将来の可能性としてアル中は普通に有り得ると考えており、後学のためにアル中系の物語は積極的に読むことにしている。
しかしこれはエグい。暴力、閉塞感。短編集なので毛色の違うものもあるが、すべてを覆う陰惨さは濃い。

論理哲学論考 (岩波文庫)
課題図書。予想以上に数学数学してた。

娼婦の本棚 (中公新書ラクレ)
フラッと立ち寄った本屋で偶然見掛けてこれは絶対に面白いやつだと霊感があり買った(レジに持ってゆく勇気は出ず Amazon で買った。本屋さんごめんなさい)。
夜の世界も昼の世界も、キレイもキタナイも生きてきた筆者が「むさぼるように」読んだ本のいくつかを開陳してくれるというもの。『ぼくんち』と『pink』が気になっている。ちなみに『リバーズ・エッジ』はかなり好き。

ドキュメント 戦争広告代理店 情報操作とボスニア紛争 (講談社文庫)
民族浄化」は PR のタマモノだみたいな聞き齧った情報がどれだけ事実なのかを知りたくなって。
情報伝達のオペレーションリサーチという感じ。「事実」をどのように使えばより大きな利益を生むか、そういった流れを堅実に掴んでゆくプロの話。現代の戦争は総力戦というが、その戦闘の中には情報、「事実」の主導権をいかに握るかという戦闘もあるのだなと思った。

本と鍵の季節 (集英社文庫)
読んでて胃がキリキリする。米澤穂信は内蔵に悪い。書下しの作品を含め、この本だけでかなり綺麗に物語がオチている印象があったので、続編が出ると知ってなんだか意外な気持ちになった。『さよなら妖精』の新装版で追加された物語のように読者の首筋を撃ち抜くような物語を楽しみにしています。

観たもの

孤狼の血 LEVEL2
皆さん目力が強い。目力が強いので眼を潰してしまう。見ることや見られることが物語の主軸になるのは平成初頭という舞台以上に現代の象徴という感じがした。

コリーニ事件(字幕版)
随分前に原作小説は読んだ。成仏ラストでとてもしんみりした。よい締めだった。
いっぽう映画版では殺された人間が元武装 SS と明言されていたが、原作では SS としか呼ばれていなかったように思う。若くして SS 少佐(だか、大隊指導者だか、Sturmbannfürer)になったのは SD 記章もあるし、たぶん博士持ちなど高学歴な為だろう。しかし古参闘士章(だったか? 右腕にある山型のやつ)は相当古いナチ党員じゃないと受章できないはずで、WWI ごろの生まれの SS 将校がもらえるものだろうか? そんなことを考えながら観ていたので、イタリアのシーンはあまり集中できなかった。

読んだもの (2022-04)

言語が違えば、世界も違って見えるわけ (ハヤカワ文庫NF)
面白かった。表現できる対象そのものには言語の間で差は無い(と考えられる)が、表現の「し易さ」には言語によっても時代によっても結構差があるね、というのをとうとうを説明してゆく内容と読んだ。

浅草キッド (講談社文庫)
映画のほうが気になっていたが、そいつを観る為に Netflix のアカウントを作るのもなあ、と思っていたところで本屋に平積みされているのに気がついて。歴史の資料みたいな感じで読んだ。

暇と退屈の倫理学(新潮文庫)

非常に面白かった。確かにとくに何か指針を示すものではないが、こういった誘導をされることである種の救いのようなものが得られたような気がする。この本の影響で『パンセ』を買ってしまい、あまりの厚さに当惑している。
虐殺器官とプラットフォームの断片的な描写でしかボードリヤールについて知らなかったが、本書で取り上げられている内容をみるにとても面白い思想だと思った。

なめらかな世界と、その敵 (ハヤカワ文庫JA)
文庫化待ってました。ありがとうございます。『ひかりより速く、なめらかに』が好き。なめらか、というキーワードから表題作に何らか連絡するのかと思ってたら全然そんなことは無かった。どうしても自分の罪を告解するみたいな描写があると好きになってしまい、これは何故なのだろう。そういう欲求がじぶんにもあるのだろうか。

読んだもの (2022-03)

サバイバー〔新版〕 (ハヤカワ文庫NV)

何十回と読んでハナシのスジをだいたい把握している本でもない限り、あとどれくらい枚数が残ってんだろうとページをパラパラめくってしまうクセがあるので、最終ページから始まる体験はとてもよかった。いや体験云々ではなくそういう演出ではあるのだが。
陰鬱な閉塞を粉砕するタイラー・ダーデンはおらず、しょっぱい現在もしょっぱい未来もサバイブするに値しない。エージェントのブッチギレ具合はよかった。

スノウ・クラッシュ〔新版〕 上 (ハヤカワ文庫SF)スノウ・クラッシュ〔新版〕 下 (ハヤカワ文庫SF)
この項目を書いててはじめて表紙を横に並べて一枚絵になるのだと気付いた。ありがとうはてなブログ

シュメール云々のところまでは正直ダレ場と感じてしまった。しかしそれ以降は引き込まれた。きっと伊藤計劃のイメージソースのひとつなのだろうなあ。
コンピュータネットワークが紡ぎ出す現実とは異なるオルタナティブな世界みたいなやつをいつの間にかうまく想像できなくなっていた自分に気付き、インターネットは現実の一要素、それもかなり恐ろしい要素という認識になってしまったのだな、と(物語と一切関係無いが)寂しくなった。

読んだもの (2022-02)

『慈しみの女神たち』を読み直していたせいで大して本を読めなかった。『重力の虹』のあとではこいつの長大さや晦渋さがまったくマトモに感じるので不思議である。

悪の華 (集英社文庫)
酔って遊びに行った友人宅の本棚を引っ掻きまわした時(わたしは酒癖が非常に悪いのでこうなる場合がある)に堀口大學訳か何かのやつがでてきて、面白そうだなあと思い買ったもの。べつにこれは堀口大學訳ではない。
「酒の魂」がとてもすき。

日の名残り (ハヤカワepi文庫)
飲み友達とカズオ・イシグロの話をしていたときに薦められて。これ以外には『わたしを離さないで』しか読んだことがない。
冗談についての小説という触れ込みで読みはじめ、たしかに冗談についての小説であった。それなりに時間が経ったあとで当時を後悔し泣く人間の情景があまりに美しすぎ、そういった情景が眼前に拡がるだけで好きになってしまう。そういった短絡した回路がわたしのアタマの中にはある。

ビール

 黒褐色の瓶の口が上のほうへ離れてゆくのを眺めていたとき、ぼくは自分がテーブルの上にいる事に気付いた。
 ふたつある灰皿のうち、片方はまだ空っぽだ。もう一方には既に何本か吸殻が転がっており、縁にはまだ火をつけたばかりらしいタバコが置かれている。灰皿のまわりにはタバコの葉と灰が散らばっているが、これは何度目かの散らかし具合らしく、その証拠にテーブルの隅に丸められたおしぼりにはタバコ葉と灰が絡まり、部分的に黒ずんでいる。テーブルの上には他に皿がいくつか置かれていて、出汁巻き玉子と冷奴だ。どうやらこのテーブルに陣取っているひとは歯か胃が悪いらしい。

 周囲を見回してみる。ぼくが今いる2人掛けのテーブルの他に4人掛けのテーブルが混ざるかたちで、ひと一人がやっと通れるくらいの隙間を開け、ところ狭しとテーブルが並んでいる。どのテーブルの上にも皿と灰皿とコップやジョッキ。ぼくの同輩もいれば違う連中もいる。
 通路を挟んだ隣りのテーブルにいるジョッキのハイボールなど、暖房が効きすぎているのか生来の汗っかきなのか、ずっとジョッキの表面に水滴をつけ続けている。メニューで隔てられたご近所さんには黒ホッピーとキンミヤ焼酎のナカが仲良く並んでおり、キンミヤの奴はマドラーでグルグル掻き回されすぎて目を回していて、黒ホッピーの相方がそれを見てゲラゲラ笑っている。愉快な連中だ。こちらもつられてニッコリしていたらキンミヤに睨み付けられてしまったので、そっと目を逸らした。メニューを飛び越えて殴りかかられてはたまったものではない。
 壁に目を向けるとそこには清酒や焼酎の一升瓶が並び、瓶たちの合間にお品書きが掲げられている。一升瓶たちは役目を終えて安らかに眠っているように見えるが、あらゆるテーブルからの笑い声、相槌、与太話、口論、そしてあらゆるテーブルのあらゆる灰皿およびあらゆるひとの鼻や口や指先のタバコから立ち上る煙のせいで、本当に安らかに眠れているのか、もしぼくが彼らのようにこの場所で眠れと言われたら、あんなに静粛に居れるか、自信は無い。
 辺りをキョロキョロ見回すのを止め、正面を見据えてみる。このテーブルのヌシとの対面だ。青白い顔をし、目には隈、手は少し震えているが、寒さだろうか。震える手で灰皿のタバコをつまみ、口元にもってゆく。ポロポロと灰や葉を零す。一服、二服、溜息をつき、ふたたびタバコを灰皿へ。なんとも不味そうにタバコを吸う奴だ。しかめ面をし、タバコの煙を浴びぬよう、顔を背けて手で煙を払っている。そして何を思ったか、再び灰皿に手を伸ばし、タバコを指に挟み、そのままぼくをグイと掴んで口元へ持っていった。
 
 黒褐色の瓶の口が上のほうへ離れてゆくのを眺めていたとき、ぼくはテーブルの上に帰り咲いていることに気がついた。テーブルのヌシはおしぼりで口を拭っている。おしぼりに絡みついていたタバコの葉が、拭った拍子にポロポロと落ちてゆき、テーブルに散ってゆく。ヌシもそれに気付き、舌打ちをしてテーブルをおしぼりで拭う。指に挟んでいたタバコを口に咥え、そのままテーブルの隅に置かれていた文庫本を開き、むっつりとした顔のまま、読み始めた。
 なんだこいつは、と思った。そのとき近くから「なんだこいつは、と思いませんか」と話し掛けられ、ぼくは飛び上がりそうになった。どぎまぎしながら声のしたほうを見ると、そこにはぼくの背丈の三倍くらいはあろうかという、黒褐色の瓶がそびえ立っていた。腹には赤星だかと書いてある。どうやらこいつはビールらしい。
 「なんだこいつは、と思ったでしょう」赤星はぼくに話しかけた。ええ、そう思いました、素直にぼくはそう返した。この人はここの常連らしいんです、と赤星は続ける。
 「この人はここの常連らしいんです。わたしもバックヤードで近くにいた諸兄に聞いただけで詳しいことは知らないんですけどね。毎週いつも決まった時間にやってきて、決まった席に座り、もしそこが空いてなければ空くまで待つといった徹底のしかたで、席についたらいつも同じものを注文し、同じタバコを吸い、同じようにむっつり黙って本を読むんだそうです。周囲のことなどてんで気にもかけず。そんでもって酒はガブガブと飲むそうで、何が楽しいのやら」
 周囲は相変らず騒がしい。赤星はよく喋る。よく息が続くなあと思っていたら、浮遊感。ヌシだ。油断していた。ヌシはそのままぼくを口元へ持っていった。指にはふたたびタバコがある。指を炙りそうなくらい、短くなっていた。
 
 黒褐色の瓶、これは赤星だ、赤星が上のほうへ離れてゆくのを眺めている。ぼくは再びテーブルの上にいる。テーブルの上の灰皿はひとつに減っていた。吸殻の溜まった灰皿は消え、今はカラッポの灰皿がひとつ、テーブルの隅に控えている。おしぼりも替えられた様子で、灰や葉の絡まりや、それらに由来する黒ずみのない、真っ白なおしぼりがこれまたテーブルの隅、灰皿と向い合うように置かれていた。ヌシはタバコを手にしておらず、口に咥えてもいない。黙々と本を読んでいる。
 赤星は急に静かになった。周囲は相変らず騒がしいが、ふと周囲を見回してみると、汗っかきのジョッキのハイボールも、目を回していたキンミヤ焼酎とそれを笑っていた黒ホッピーも、居なくなっていた。いや実際にはジョッキのハイボールは居り、キンミヤ焼酎も黒ホッピーも、加えてタカラ焼酎と赤ホッピーのペアも居たりするが、さっきまでそこで汗をかき、ぼくを睨みつけていた彼らは居ない。
 ねえ、なんだか変わったように見えないか。赤星に話し掛けてみる。赤星は眠っていた。安らかな寝顔だ。いや、これは安らかなんてものじゃない。安らかに見えるだけの寝顔だ。空っぽの寝顔だ。ぼくは愕然とし、まさかと思い壁を見遣る。清酒や焼酎の一升瓶たちの寝顔は安らかな寝顔で、赤星と同じ、空っぽの寝顔だった。彼らは空っぽだ。赤星も空っぽだ。つう、と、冷や汗が流れる。
 シュッ、とライターで火をつける音がした。音のしたほうを向くとヌシがタバコに火をつけていた。もわ、と煙を口から吐き出し、顔の周りを漂う煙を払う。一服、二服。そして灰皿にタバコを置いた。まっさらな灰皿に灰が落ち、煙が灰皿から立ち上る。ふう、とヌシは長い溜息をついた。そしてゆっくりと手を上げ、ひとを呼び止め、声を発した。
 
 「すみません、黒ホッピーセット、キンミヤで」
 
 まもなくぼくも赤星のように、眠りにつくだろう。そのときはぼくも空っぽの寝顔になるはずだ。汗っかきのジョッキのハイボールも、目を回したキンミヤ焼酎も、ぼくを睨みつけた黒ホッピーも、いまはみんな空っぽの寝顔を浮べて眠りについているだろう。
 ぼくはヌシがタバコをふかしているのを眺めている。相変らずむっつりとした顔をしている。ヌシの顔が青白いままで、顔色の変化が今まで無かったことにふと気付いた。赤星を眠りにつかせ、ぼくを眠りにいざなうヌシは、ずっと変わらぬ様子でタバコをふかし、本のページをペラペラと捲っている。
 こいつは赤星を飲み干した。ぼくのことも飲み干してきた。何度も。ぼくの次の役目を担う黒ホッピーとキンミヤでも、そのむっつりとした青白い顔で居続けられるだろうか。ぼくや赤星はお前になにもできなかったということか。そしてそのまま眠りにつけということか。
 今ぼくは自分の役目を理解した。ぼくは、そして赤星も、こいつを酔っ払わせる為にこのテーブルにいたのだ。その不健康そうな仏頂面を突き崩す為に。
 
 黒ホッピーとキンミヤ焼酎がテーブルに運ばれてきた。ヌシがぼくを持ち上げた。黒ホッピーとキンミヤは仲が良さそうだ。幼馴染かもしれない。
 おまえら、自分たちの役目を忘れるな。ぼくはそう叫び、ビックリした顔の彼らをコップの底から歪んだ像として見、ぼくは空っぽになった。

読んだもの (2022-01)

もう増えないので書く。
今月は新しい本を1冊しか読んでいない。ずっとウエルベックを読み返していた為だ。『プラットフォーム』、『セロトニン』、『服従』を読んだ。ウエルベックを読むと元気になったりならなかったりするのだが、今回は完全に後者になった。よく考えるとウエルベックを読んで元気になるのは極めて稀(しかもどういうセッティングだったか覚えてない)であった。元気になりたければ大人しく太宰の『御伽草子』を読むべきだった。

近代とホロコースト〔完全版〕 (ちくま学芸文庫)
面白かった。しかし長かった。「仕事」の効果が最終的に作用する場面から遠くなれば遠くなるほど「仕事」の内容だけが注目されるようになってゆく。仕事が人を殺してゆく。仕事が人を殺せるようになった、あるいは人を殺すに至る巨大な事業を膨大な「仕事」の集合体として運営してゆけるようになったというこうとが、文明の進歩の結果のひとつとして達成されてしまった、と読んだ。