読んだやつ
読んでいるというより観ているという感じだった。すごい「映像」だった。
米澤穂信作品で初めてつらくて再読に堪えないというような気分にならなかった。ちょっと言葉が違う気がするが、今まで読んできた他の作品にくらべてさわやかな印象をもった。
「身内に不幸がありまして」はうおそうきたかと思ったがほかは普通のオチという感じ。全体的に楽しめた。
物語が物語を見出して物語を紡ぎ始めるみたいなラストはなんだか SF っぽい。
読んでいるというより観ているという感じだった。すごい「映像」だった。
米澤穂信作品で初めてつらくて再読に堪えないというような気分にならなかった。ちょっと言葉が違う気がするが、今まで読んできた他の作品にくらべてさわやかな印象をもった。
「身内に不幸がありまして」はうおそうきたかと思ったがほかは普通のオチという感じ。全体的に楽しめた。
物語が物語を見出して物語を紡ぎ始めるみたいなラストはなんだか SF っぽい。
OSC に行った。
どのブースもおれはこういうことをやってるんだと訴える熱量があった。
この熱量がよい成果を生み出し、また人を惹きつける燃料にもなるのだろう。熱量に苦しみを覚えたり狼狽えてしまう者には門戸が閉ざされてしまう。
セミナにもすこし参加したが、長時間他者の話を聞き続ける集中力がもはや無くなってしまっていることを再認識できたのみで、とくに有意義な記憶はない。
やっぱりよくわからない。チェスを勉強すればフムーとなれるのかしら。
主人公が結局何をしたいのかわからなかった。
ぬるま湯を好んでいるのに気まぐれで熱湯を注いでみてあわてて冷水をいれてぬるま湯に戻して安心、というような感じ。
熱湯を注いだのは自分の手ではないかもしれないが、熱湯を注ぐ意志を向けられてうなずいたのは間違いないと思う。
描かれる情景そのものはなかなかエモくてよかった。
キューブリックのオマージュがとてもよかった。
東独崩壊の混沌があるのかと思ってたけどあまりなくて家族の思いやりとやさしさを描いていただけだった。
本を読んだ後とくになにも考えず他の本を読み始めてしまい、いつなにを読んだかということをしょっちゅう忘れてしまう。
最近はいつなにを読んだか管理できるサービスがいろいろあるっぽいが、それを使っているならブログにわざわざ意味のない感想を書いたりなんかしない。
ということでブログの内容と実際に読んだ本とで差分がでてきたので、ここらでまとめて補完しようとおもう。
人間以上の知性がポッとでてきただけでこうなにもかも上手くいくのかねと思ってしまった。
デウスエクスマキナという感じ。
読み解くには教養が必要。おれは無理だった。
注釈の量がまるで教科書のよう。
読んでとてもよかったことは覚えているのだけれど何がよかったのかは思い出せない。
買った動機は明快に覚えていて、原爆の碁が云々という話題を扱っていたためだった。
わたしはなんでこのような つらいつとめをせにゃならぬ。
退廃のなかにも希望はある。退廃を外からみるか中からみるかの違い。
ずっと言語化したいと思っていたけど勇気が出ずいままでできていなかった。
ウイスキーを飲み飲みしていたら気が大きくなってきたので今がチャンスと思い言語化する。
劇場公開日から1週間後に映画館で観たけどその時は特になにも感じなかった。
その後金曜ロードショーで観てからブワーーッとなり、それ以来大好きな映画になった。
風立ちぬは二郎の夢がなにもかもを滅亡に導いて後にはなにも残らなかったという破滅を描いた物語だ。
物語を批評できるほど多くの物語を摂取してきたわけではないが、いままで摂取してきた中でもダントツに「破滅」を描ききった物語だと考えている。
二郎は美しいものと善いものが好きだった。
美しいものは飛行機に帰着し、善いものは(結局のところ)奈緒子に帰着している*1。
そのどちらも最後には消滅し、残されたのは破滅だった。
とてもよい破滅の物語だ。
2016-08-20 追記:主人公の名前を誤記していたので直した。恥ずかしい……。
*1:正直にいってここは自信がない。結論ありきの主張になっている感が自分でもしている